かへり見る谷の紅葉の明らけく天にひびかふ山がはの鳴り 斎藤茂吉「赤光」 - 短歌のこと

未分類 茂吉一首鑑賞 赤光

かへり見る谷の紅葉の明らけく天にひびかふ山がはの鳴り 斎藤茂吉「赤光」

更新日:

斎藤茂吉「赤光」から主要な代表歌の解説と観賞です。
このページは現代語訳付きの方です。

スポンサーリンク

歌の意味と現代語訳

かへり見る谷の紅葉の明(あき)らけく天(あめ)にひびかふ山がはの鳴り

【現代語訳】
振り返って見る谷の紅葉は明るく、山の川の流れる音が谷底から空に向かって鳴り響いている。

スポンサーリンク

【出典】
「赤光」塩原行 明治41年作

【歌の語句】
かへりみる・・・振り返って見る
明らけし・・・形容詞 明るいの意味
天・・・「てん」と読む場合と、「あめ」の読みとがあるが、ここでは「あめ」と読みがながある。
ひびかう・・・響く

【表現技法】
倒置法 体言止め

解釈と鑑賞

「山がはの鳴り」は、とどろく川音を名詞にして、簡潔に安定せしめた結句である。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

「天にひびかう」が、谷の深さと山の高さの空間の大きさを暗示する。
また、結句は「山がはの鳴り天にひびかふ」と「天にひびかふ山がはの鳴り」とを読み比べて比較したい。

次の歌

隣室に人は死ねどもひたぶるに箒ぐさの実食ひたかりけり

【現代語訳】
隣の病室で患者である人が死んだけれども、隣り合わせの部屋にいる私はホウキグサの実が無性に食べたいものだ。

【出典】「赤光」分病室

【歌の語句】ひたぶるに・・・いちずに。ひたすらに。
箒ぐさ、ホウキグサとは今のコキアのことで、秋になると赤く紅葉する。実は秋田県でトンブリと呼ばれる食材になる。

解釈と鑑賞

作者が腸チフスで入院した折の歌で、周りが死を案じるほど、一時病状は重かったらしい。

隣の病室にいる人は亡くなったが、作者は回復し、生きる証のように食欲を覚える。生と死の対比が歌の主題。
なお、箒草を見たことがある人は、それが深紅になった様子を思い浮かべることができるだろう。その色もまた命の象徴だろう。

以下、佐藤佐太郎の解説。

「隣室の死と箒ぐさの実との対照そのものが人世(ママ)の深刻な一つのすがたでもあり、そこに感動があって「食ひたかりけり」と詠嘆したのである。(佐藤佐太郎「茂吉秀歌」)

生死の間に漂流するような緊迫の中で、ただひたすら食物のことを思うといういつわりのない人間感情の動きである。そして、素朴な「箒ぐさの実」を思っているところが切実でもあり、新鮮でもある。この歌にはまた自分の生命に対する愛惜の情がにじんでいる。こうしたところが「赤光」の底流であるわけである。(佐藤佐太郎 岩波書店「斎藤茂吉選集1」解説より抜粋)

-未分類, 茂吉一首鑑賞, 赤光

Copyright© 短歌のこと , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.