斎藤茂吉の短歌代表作三十首の鑑賞と解説(上)「赤光」「あらたま」佐藤佐太郎 - 短歌のこと

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斎藤茂吉の短歌代表作三十首の鑑賞と解説(上)「赤光」「あらたま」佐藤佐太郎

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斎藤茂吉の歌を1首ずつ全59首を、佐藤佐太郎の解説文付きで提示します。
現在のページは、(上)と(下)の上「赤光」~「あらたま」になります。

・出典は「斎藤茂吉三十首鑑賞」他、それ以外のものは各記事に注記します。
・現代語訳付きと、各語の注解、文法解説を含む詳しい記事は
「斎藤茂吉赤光解説」または「死にたまふ母全59首」からどうぞ。
・また、岩波書店刊の「茂吉秀歌」の抜粋をまとめたものは別記事としていますので、「茂吉秀歌」をご覧ください。
・解説者の佐藤佐太郎他については佐太郎の茂吉解説にあります。

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 歌と解説 

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目次

隣室に人は死ねどもひたぶるに箒(ははき)ぐさの実食ひたかりけり

隣室に人は死ねどもひたぶるに箒(ははき)ぐさの実食ひたかりけり

 

生死の間に漂流するような緊迫の中で、ただひたすら食物のことを思うといういつわりのない人間感情の動きである。

そして、素朴な「箒ぐさの実」を思っているところが切実でもあり、新鮮でもある。この歌にはまた自分の生命に対する愛惜の情がにじんでいる。
こうしたところが「赤光」の底流であるわけである。

細みづにながるる砂の片寄りに静まるほどのうれひなりけり

細みづにながるる砂の片寄りに静まるほどのうれひなりけり

 

水の流れにしたがって細かい砂が動いているが、砂はしばらくすると一方に片寄ってそこに停滞する。
この小さな停滞の一種のもどかしいような状態は、さながら自分のうちにある「うれひ」だという歌である。

こういう微細な心理の動き、微細な事象の中にある真実の発見は茂吉の天分によっているが、明治四十二年以来、森鴎外の観潮楼歌会に出席したりして、広く文芸芸術の世界に目を開いた結果でもある。

あるときは切実に、強烈に、ある時は太く大きく、またあるときは微かに、鋭く、すべて生に即して直接に詠嘆しようとしたので、これが抒情詩としての短歌だという自覚がこのころすでにできていた。

 

たまたまに手など触れつつ添ひ歩む枳殻(からたち)垣にほこりたまれり

たまたまに手など触れつつ添ひ歩む枳殻(からたち)垣にほこりたまれり

 

日常の些事であり、正岡子規が短歌の分野に開拓したところを追及して、新たに到達した境地である。
その青い枝にほとんど目立たないほこりが付いているところに、近代的な憂愁を感じたのである。

瑣末は瑣末のままとらえて、実態をありありと表現することによって、切実に感情を表しているのである。

 

しろがねの雪ふるやまに人かよふ細ほそとして路(みち)見ゆるかな

しろがねの雪ふるやまに人かよふ細ほそとして路(みち)見ゆるかな

 

現前の雪山に路だけが見えるが、良く見れば、路が見えて人の通るあとが見える。
「人かよふ」と言ったのは作者の感傷である。「細ほそとして」にも感傷がある。

青年期の茂吉にとって必然的に迫ってくる感動はこのようなものであった。
それを緊張した万葉調をもって、呼吸長く切実に表現している。

 

赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり

赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり

 

トマトが赤く熟して腐れ落ちているのもあった、そこを通ってしばらく歩いたのだったという回想の情緒が一種の内容になっている。

「幾程もなき歩みなりけり」といっても、表そうとしているものは、何の目的でどこへ行ったという事件的なものではなく、単にしばらく歩いたということであり、そういうのは、「赤茄子の腐れてゐたるところ」を追想の中にふたたび追体験していることになるのである。

この一小景は、作者の行動と不可分のものとして把握されて、個性を持つことになった。晩夏、きびしい光の中に成熟の果ての疲労と哀愁とを湛えている。

その晩夏の象徴として、腐ったトマトのある一小景が浮かんで来る。一首の内容はこの近代的な哀愁の色調にある。

短歌は抒情詩としてすべて心の状態を表すものであるから、ここに何があるというように概念的事柄を詮索することなく、感情そのものを受け取って味わうべきものであるが、この一首でもまたそうである。

猫の舌のうすらに紅き手ざはりのこの悲しさを知りそめにけり

猫の舌のうすらに紅き手ざはりのこの悲しさを知りそめにけり

 

視覚と触角とを一つの融合した経験として、「うすらに紅き」からすぐ、「手ざはりの」とつづけている。

そして、驚くべき新鮮な感覚を通して、うらがなしい情調を表白したのが、若々しくもあり、健康でもある。

なげかへばものみな暗しひんがしに出づる星さへあかからなくに

なげかへばものみな暗しひんがしに出づる星さへあかからなくに

 

「ものみな暗し」といって、さらに「あかからなくに」といったのは、やや即(つ)き過ぎているようにも感じられるが、どちらも詠嘆の語気であり、この強調があって一種が切実になっている。

二句で切迫したように強く切れ、三句をおおどかに起こして、結句を「あかからなくに」と重く据えた声調に心情さながらのひびきがある。

ほのぼのと目を細くして抱かれし子は去りしより幾夜か経たる

あさぼらけひとめ見しゆゑしばだたくくろきまつげをあはれみにけり

しんしんと雪ふりし夜にその指のあな冷たよと言ひて寄りしか

ほのぼのと目を細くして抱かれし子は去りしより幾夜か経たる
あさぼらけひとめ見しゆゑしばだたくくろきまつげをあはれみにけり
しんしんと雪ふりし夜にその指のあな冷たよと言ひて寄りしか

 

「目を細くして抱かれし」でも、「しばだたくくろきまつげ」でも、「その指のあな冷たよ」でも、極めて感覚的で、少女の姿態までありありと感じられる。

しかしこの感覚的要素は、「ほのぼのと」「あさぼらけ」(枕詞格)「しんしんと」というような虚語を交え、「幾夜か経たる」「あはれみにけり」など追懐的感動の語気の中に融けこんでいる。
そのために感覚的でありながら肉感的ではない。

一首の声調は激せずに息を長く引いて、全体に流れている語気が清潔である。

けだものは食もの恋ひて啼き居たり何というやさしさぞこれは

けだものは食もの恋ひて啼き居たり何というやさしさぞこれは

 

動物園に来ると、トラとかライオンとかいう獣類が餌を欲しがってさけび啼いている。空腹になれば本能のままにこのように啼くというのはなんという率直な愛らしさであろうかというので、ここに人間的な反省も動物に対する深い同情もあるが、そういうものを籠めて、ただ端的に強くいったところに、この歌の感動の深みがある。

「食べもの」という言葉も「食べもの恋ひて啼きゐたり」も、こういって初めて作者の胸が和んだと思われるような表現であり、下句の字不足も実に率直で強い表現である。

桑の香の青くただよふ朝明に堪へがたければ母呼びにけり

桑の香の青くただよふ朝明に堪へがたければ母呼びにけり

 

母屋の階上にも階下にも、五月中旬の春蚕の桑の香が満ちていて、母と作者とが寝ている倉座敷まで匂ってくる。
まだ人音の静まっている暁に母を呼ぶというのが切実であり、一首の感動もそこにある。

「堪へがたければ」という激情は、「桑の香の青くただよふ」によって切実さの内にどこか新鮮さがあり、不思議な色調を湛えている。

我が母よ死にたまひゆく我が母よ我(わ)を生まし乳足(ちら)らひし母よ

我が母よ死にたまひゆく我が母よ我(わ)を生まし乳足(ちら)らひし母よ

 

母の臨終時に際して、ほとんど瞬間的に迫った激情を一気に表白している。
こういう種類の歌は従来ほとんどなく、石川啄木に例があるくらいだが、啄木のはもっと余裕があって、これほど窮迫した感情ではない。

「よ」という助詞が三つもあり、「母よ」「母よ」とくりかえして、常識なら軽滑になるところをかえって強くおさえるような声調になっている。

生涯一人の母に寄せる感情のすべてをその一語に凝集している歌である。

>のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根の母は死にたまふなり

のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根の母は死にたまふなり

 

いよいよ母の臨終が迫っているときの歌である。悲歎の極限を歌って、「悲しい」というような主観語は一つもない。
しかし「母は死にたまふなり」には、強い主観のひびきがある。

親類縁者が集まって臨終を見まもっている。そういう緊張した光景をのぞくように、あるいは無関係のように、梁に燕がふたつ並んでいるのは不思議に深刻である。
非常の際にこれだけのものを視たのは、やはり写実の精神が徹底していたからである。

この頃は未だ「実相観入」ということを言っていなかったが、その実行がすでにここにある。茂吉生涯の歌境を暗示する一首でもある。

星のゐる夜ぞらのもとに赤赤とははそはの母は燃えゆきにけり

星のゐる夜ぞらのもとに赤赤とははそはの母は燃えゆきにけり

 

感慨を一挙に託した表現である。

めん鶏ら砂あび居たれひつそりと剃刀研人(かみそりとぎ)は過ぎ行きにけり

たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり

ひた走るわが道暗ししんしんと怺(こら)えかねたるわが道くらし

めん鶏ら砂あび居たれひつそりと剃刀研人(かみそりとぎ)は過ぎ行きにけり
たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり
ひた走るわが道暗ししんしんと怺(こら)えかねたるわが道くらし

 

第一首、白昼の領する沈黙の意味を感じ取って、その不気味なような瞬間を永遠のものにしているのも、第二首の、一種鬼気せまるような息詰まる静かさを捉えているのも、「赤光」を重厚にした詩境である。

伊藤左千夫の急逝にあって、焦燥する最後の歌は、暗示的である。

こういうひたむきな強烈さは、やはり「赤光」の歌境の特色の一つであるが、それはやがて茂吉生涯の作歌態度にもなっているのである。(ここまで『赤光」より)

ふり灑ぐあまつひかりに目の見えぬ黒き蛼(いとど)を追ひつめにけり(おこから『あらたま』)

ふり灑ぐあまつひかりに目の見えぬ黒き蛼(いとど)を追ひつめにけり

 

「あらたま」の晩期においては、身辺的な平淡な事象に眼が向けられるようになり、内部に悲痛の心を潜めて物の本質を諦視した作品が多くなっている。

これは「あらたま」の比較的初めの方の作品である。人が近づくとこおろぎはとんでもない方向にぴょんぴょんと飛んだりしてやがてかくれる。そういう滑稽なような哀れなような昼のこおろぎの姿に注目して、「あまつひかりに目の見えぬ黒き蛼」といったのである。

「目の見えぬ」は主観的直観だが、そう感ずる事が自身の生を投射することであった。

あかあかと一本の路とほりたりたまきはる我が命なりけり

あかあかと一本の路とほりたりたまきはる我が命なりけり

 

作者自身の文章に

『秋の一日代々木の原を見わたすと、遠く一ぽんの道がみえてゐる。赤い太陽が団々として転がると、一ぽん道を照りつけた。僕らは彼の一ぽんの道を歩まねばならぬ』

とあるのは、この歌の自註として受け取ってもよい。(佐藤佐太郎 岩波書店「斎藤茂吉選集1」解説)

強烈に日に照らされて、ゆくてに見える一本の道は自分の行くべき道であり、自身の生命そのものであるという、つよい断定が一首の力になっている。

瞬間に燃えたつような感動をたくましく定著した点に注目すべき歌である。この直感の背後につながるゴッホの絵画をおもうこともできるし、「あかあかと」に芭蕉の句を、「命なりけり」に西行のかげをおもうこともできる。

そういう影響は、消化されて血肉となって新しく生きている。(佐藤佐太郎著『茂吉三十首鑑賞』)

草づたふ朝の螢よみじかかるわれのいのちを死なしむなゆめ

草づたふ朝の螢よみじかかるわれのいのちを死なしむなゆめ

 

この年に結婚をして、その新生活を背景としてこういう諦念に類する詠歎がある。

新しい生活には歓喜と悲哀とを伴った厳粛さがあるから、こういう歌があるのも不思議ではない。

夜光る蛍もあわれだが、朝の蛍が草の上に寂しくしずかにいる。それを凝視していてほとんど祈りのような敬虔を感じたのであろう。

「みじかかるわれのいのちを死なしむなゆめ」は、蛍に呼びかけた言葉であるが、それは蛍の声を聞いた言葉でもある。蛍をも作者をも籠めて、第三のもっと大きいものにむかった言葉として響いている。

直観的に単純であるべき抒情詩だからこういう飛躍と省略が又あるので、意味合いの合理性のみをもとめるとしたら、こういう歌は作れないし、また味わうこともできない。

ここに流れている無限の哀韻だけを受け取るべきである。(佐藤佐太郎 岩波書店「斎藤茂吉選集1」解説)

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作者は朝の光の中で草の葉の上に動いている蛍を見ている。

夜になれば命を燃すようにして飛ぶ蛍だが、それがいま草の上に寂しく静かにいる。それを凝視して作者はほとんど祈りのような祈りのような敬虔を感じたのであろう。

「みじかかるわれのいのちを死なしむな」は、蛍に呼びかけたことがであるが、それは蛍の声を聞いた言葉でもある。

蛍をも作者をも籠めて、第三のもっと大きいものにむかった言葉として響いている。

この静かな寂しい境地は、単に弱い感傷というものではない。

人間の本当の生活にはこういう一面があるが、それを強く感じとっているのがこの歌の性格であり、また朝の蛍をこのように観たというのが、やはり人生に対して一つの扉を開いたことになるのである。(佐藤佐太郎著『茂吉三十首鑑賞』)

さんごじゆの大樹のうへを行く鴉南なぎさに低くなりつも

さんごじゆの大樹のうへを行く鴉南なぎさに低くなりつも

 

つやつやと葉の輝いている珊瑚樹の上を越えて鴉が飛んでゆくところ、それが海のなぎさの方にむかって低く遠ざかるところである。

自然の風景にはこういうはからいのない単純さの中にいうにいわれない味わいのあるのを諦視した歌である。

「大樹のうへを行く鴉」が特にさわやかで、輝く緑の上に黒い鳥を配した感覚が新しくもあり、自然の香気を見ている。

声調も伸び伸びとして雑音がなく、安らかである。

かうかうと西吹きあげて海雀あなたふと空に澄みゐて飛ばず

かうかうと西吹きあげて海雀あなたふと空に澄みゐて飛ばず

 

「海雀」は「海鳥の名。かいつぶりに似て、翅小さく、尾なきものと云う」と辞書にある。

その海雀の群れがいちように空に停滞するように見えるところを「空に澄みゐて飛ばず」といったのは、おどろくべき的確さである。

こういうはっと息を呑むような崇高な状景は、このあたりすなわち「あらたま」初期に到達した境地として注意される。

ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも

ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも

 

時雨が青い大根の葉をぬらしていかにも寂しく降っているところ。実質は「大根の葉」と「時雨」とだけで、それを単純に直線的に言いくだしている。

あざやかで強い表現である、わび・さびの境地である「時雨」が、青々とした畑に降るのが作者の発見であり、新しさがある。

ひさかたのしぐれふりくる空さびし土に下りたちて鴉は啼くも

ひさかたのしぐれふりくる空さびし土に下りたちて鴉は啼くも

 

「時雨」のうち、全体として寂寞とした空間の底を覗いたような歌である。

この歌も実質は畑土に下りて啼く鴉だけであるが、「土に下りたちて・啼く」という直感が厚くて深い。

まかがよふ昼のなぎさに燃ゆる火の澄み透るまのいろの寂しさ

まかがよふ昼のなぎさに燃ゆる火の澄み透るまのいろの寂しさ

 

焚火の色彩に重点を置いて「いろの寂しさ」といっている。作者は「火炎が澄んで燃えたつまでに何ともいへぬ微妙の相を呈するものである。

それをあらはして見(ママ)ようとしたのであった」(「作歌四十年」)といっているが、現れているところは「澄み透る」炎の色であって、昼の強い日光のさしている海の渚にその炎が立っているのが象徴的である。

現実の炎の色を「寂しさ」として受け取ったのが一つの発見である。そして直線的で声調が重厚なのは、このあたりの作者の志向であった。(佐藤佐太郎 岩波書店「斎藤茂吉選1」解説)

ものの行(ゆき)とどまらめやも山峡のすぎのたいぼくの寒さのひびき

ものの行(ゆき)とどまらめやも山峡のすぎのたいぼくの寒さのひびき

 

初冬のこがらしが吹きすさぶ中に山峡の過ぎの大木が寒いひびきを伝えているところ。「祖母」の葬儀の為に帰郷したときの作である。

「ものの行」は「万物流転」を苦心してこう言ったと作者自身言っている。

しかし。言葉のいい替えに苦心したのではなく、現象の中に潜んでいる意味をいい当てるために苦心したのであった。

漢語でなく日本古来の言葉でいったのがかえって新しい。(佐藤佐太郎 岩波書店「斎藤茂吉選1」解説)

ここに来てこころいたいたしまなかひに迫れる山に雪つもる見ゆ

ここに来てこころいたいたしまなかひに迫れる山に雪つもる見ゆ

 

山は蔵王山である。郷里に帰ってきて眼前に迫る冬山に雪が降っているのを見ると心のしめつけられるような思いがするというのである。

作者は「恐ろしいまでに厳しい趣である」(「作歌四十年」)といっている。

「赤光」にあった「しろがねの雪ふる山」などに見られる一種の甘美さももはや跡を断ったという境地である。(佐藤佐太郎 岩波書店「斎藤茂吉選集1」解説)

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