エッセイ 未分類 詩歌

叫びたし寒満月の裂けるほど 冤罪の死刑囚の俳句

更新日:

看護助手をしていた西山美香さんの再審決定のニュースを読んだ。当時西山さんは、滋賀県の病院で看護助手をしていたが、入院患者が亡くなり、西山さんが「呼吸器を外した」と自白。公判では無罪を主張したが最高裁で懲役12年が確定し、13年間服役後に出所。現在の再審請求に至ったというもの。

スポンサーリンク




これから再審となるわけだが、なぜ殺人を犯してもいない人が「私が殺した」と自白してしまうのか。多くの人は不思議に思うだろう。

西山さんはその後の朝日新聞の取材には、取調官の刑事に追及され、話を合わせてしまったことや、相談に乗ってもらううちに好意を抱くようになり「私が殺した」と自白したことを「一番後悔している」と語っていた。

一方、虚偽自白の理由について、弁護側は目の前の相手に迎合してしまう特性や、取調官に好意を抱いたことが理由と主張。決定も「警察官との関係を維持しようと虚偽自白したとも考えられなくはない」と述べ、取調官の誘導の可能性にも言及した。

一般的にはそれ読んでも、自分のしたことではないことに同意してしまうというのは理解しづらいだろうし、してもいない殺人を認めてしまうのは、取調官に強要されたと思われていることが多いようだ。

しかし、実際には、むしろ取調官との関係が良い人ほど、そのようになりやすい。
拘留中は、外部との接触はなく、隔離とそのストレスというものは思った以上に大きいという。取調官は、食事を勧めもするし、トイレも申し出られたらいちいち付き添う。
相手が自分の身の回りの世話をしているということで、ある種の危機感もあるかもしれない。被疑者は自身の保全のためにも、できるだけ「良い」関係を保とうとするだろう。隔離された拘留中の生活で、話すのはその相手一人だけ。そのうち相手との何らかの交流が生まれるように被疑者は錯覚する。

そして、何よりも人は相手とまったく正反対の心情を持ち続けながら相対し続けるということは難しいということだ。外の世界ならばその場から離れたり、その相手とは接触をしないようにすることもできるが、拘留中はそれが毎日続くことになる。人と違った意見を持つということは、それ自体が計り知れない大きなストレスとなる。

目の前の人が、あるいは自分以外の接触する者はすべて、疑いもなく「あなたが殺した」と思っている。そうなった場合、人はたとえそれが事実ではなく自分自身に不利益が生じようとも、相手と同じ側に傾いていくのかもしれない。

たとえば、洗脳とは言わないまでも、ストックホルム症候群や、ブラック企業に勤務していて生命の極限まで働き続けるなどという例も、どこかそれに似たところがあるだろう。
西山さんは「私が殺した」と自白したことを「一番後悔している」と語っていた。

もしそれが事実であったとしたら、西山さんはその悔いを12年間一人胸に持ち続けたということになる。拘禁中の孤独を避ける虚偽自白が、どれほどの長い孤立をもたらしたことか。罪以上に、あるいは罪のない人には、その後悔はいかほど胸に痛かったろうか。

>叫びたし寒満月の裂けるほど

作者は福岡事件で無実を訴え続けながら死刑が執行された西武雄という人だという。
人の間で生きる厳しさは時に、冬の寒さよりも身に痛いことがある。







おすすめ記事



-エッセイ, 未分類, 詩歌

Copyright© 短歌のこと , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.