遠雲にはつかにのこる赤光~斎藤茂吉「暁光」より - 短歌のこと

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遠雲にはつかにのこる赤光~斎藤茂吉「暁光」より

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遠雲にはつかにのこる赤光(あかひかり)いつ消えむとも我は思はず

佐藤佐太郎の解説。

遠くの雲がまだ赤く見えて光っているところ。「いつ消えむとも我は思はず」といって、その雲の色調を暗示している。夕映えは刻々に変わるのだがそんなことを感じさせない永遠のような光を暗示しているだろう。こういう表現は凡手の及ぶところではない「思はず」という否定的な言い方がいい。

「赤光」はその通り「あかひかり」と読ませている。これは「暁紅」のなかの一首であるが、「暁紅」も思ってみればやはり、赤い光のことなのだろう。
上の句「赤光」がどのような光であるかは、それ以上言っていない。下の句の「消えると思わない」から、それがどのような様子であるか、あるいは作者がそれをどのように受け取っているかが示されているということになる。
夕暮れの光は消えるものなのだが、しかし消えようもないような光だった、ということなのだが、要所だけを言って意味が取れる、それが「省略」ということなのだと思う。

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