赤光

ほのぼのと目を細くして抱かれし子は去りしより幾夜か経たる/斎藤茂吉「赤光」短歌

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斎藤茂吉「赤光」から主要な代表歌「ほのぼのと目を細くして抱かれし子は去りしより幾夜か経たる」の解説と観賞です。
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ほのぼのと目を細くして抱かれし子は去りしより幾夜か経たる

(読み)ほのぼのと めをほそくして いだかれし こはさりしより いくよかえたる

現代語訳

ほのぼのと目を細めてわが腕に抱かれていた子が去ってから幾夜かが過ぎた

出典

「赤光」大正2年 6 おひろ 其の2

歌の語句

経たる・・・連用形

表現技法

句切れはない
結句連用形止め

 

鑑賞と解釈

おひろ其の2の回想部分冒頭の一首。

「おひろ」のモデルにはいくつかのあるが、病院の看護師という説が有力。

病院に隣接する家の茂吉の部屋において、共に夜を過ごせるような相手であったが、茂吉には婚約者がいたので、必然的に別れなくてはならなくなったのだろう。

後年に詠まれた相聞の短歌もこのおひろが相手であると言われている。

佐藤佐太郎の解説

きわめて感覚的で、少女の姿態までありありと感じられる。現身の肉体というものを除外して恋愛はあり得ないから、こういうひたむきな表現になったのだが、この感覚的要素は、「ほのぼのと」という虚語を交え、「幾夜か経たる」など追懐的感動の語気の中に融けこんでいる、そのために感覚的でありながら肉感的ではない。

短歌における官能的表現の限界ということを考えさせるだろう。「目を細くして抱かれし」などといっても肉感的でないのは、抒情詩としての短歌の性格であり、そういう「すさまじさ」を否定する作者の用意があったからである。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 





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