正岡子規

幾たびも 雪の深さを 尋ねけり 瓶にさす藤の花ぶさ 結核を病みながらも詠み続けた正岡子規

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「幾たびも 雪の深さを 尋ねけり」の俳句の作者は誰か、というのが、テレビ朝日|Qさま!!で出題された。
出演者の宇治原史規は「石川啄木」と答えて不正解。次の解答者の村井美樹が「正岡子規」と答え正解。

その両者とも「石川啄木か正岡子規かで迷ったんですよ」という。

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正岡子規について

「迷った」というのは、啄木も子規もどちらも古い有名な俳人、または歌人というくくりであるからだろう。

そもそも、啄木は最初は小説家を目指しており、子規の方は新聞記者だった。
投書は俳句どころか報道文を書こうとしていたわけで、子規の方は、人を集めながら、短歌と俳句両方の革新運動を行った。

案外意外なことに、元々短歌を詠む家に生まれた生粋の国文学者というのではない。いってみれば、詩文のベンチャー企業みたいなもので、そこから道を開いていったのだともいえる。当時は古いどころか最先端の革新派だったので、子規の場合は、明治の気運と並行して語られることが多い。

子規が新聞記者を続けていたら、ジャーナリズムを通じて世界を見ていただろう。しかし、結核に倒れてやむなく病臥を強いられる身となったので、子規の世界は「病床六尺」つまり、一枚の布団とその周り、部屋から見えるものに限られてしまった。

 

幾たびも雪の深さを尋ねけり

当時、東京、根岸の自宅で子規は妹と母と同居。妹律(りつ)に主に看病を受けていたが、その句を詠んだときは、窓は障子のままであって、障子、防寒のために雨戸も占めてしまえば、外の様子が見えない。

雪の降る日に、寝たきりで動けない子規は、律に上のように尋ねたのだろう。
雪が見えれば、雪を詠みたい。しかし、見えないので、雪を見たい、そのことそのものを句に詠んだのだ。

病臥の視点から詠まれたものは他にもある。
子規の短歌の代表作によく引かれるものが下の歌だ。

 

瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけりけり

意味:机の上の花瓶にさした藤の垂れ下がっている房が短いので畳の上に届かないでいることだ

というのも、これも病臥の姿勢と視点から見えたものを、そのままに詠んだ歌である。

子規はそれを「写生」と呼び、それは今でも写実派の理念及び技法のひとつとなっている。

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