あらたま 斎藤茂吉

斎藤茂吉「あらたま」短歌一覧 現代語訳付き解説と鑑賞

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斎藤茂吉の第二歌集「あらたま」の中の短歌の代表作です。
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解説なしの『あらたま』全文もありますので、ご参照ください。→斎藤茂吉「あらたま」短歌全作品 テキストのみ解説なし

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掲載歌目次

ふり灑(そそ)ぐあまつひかりに目の見えぬ黒き蛼(いとど)を追ひつめにけり
いきどほろしきこの身もつひに黙しつつ入日のなかに無花果を食む
あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり
秋づける代々木の原の日のにほひ馬は遠くもなりにけるかも
かなしみて心和ぎ来むえにしあり通りすがひし農夫妻はや
まかがよふひかりたむろに蜻蛉(あきつ)らがほしいままなる飛(とび)のさやけさ
松風が吹きゐたりけり松はらの小道をのぼり童女と行けば
ほのぼのと諸国修行に行くこころ遠松かぜも聞くべかりけり
父母所生(ふもしょじょう)の眼ひらきて一いろの暗きを見たり遠き松風
ともしびの心をほそめて松はらのしづかなる家にまなこつむりぬ
目をとぢて二人さびしくかうかうと行く松風の音をこそ聞け
松ばらにふたり目ざめて鶏がなく東土(とうど)の海のあけぼのを見つ
ゆらゆらと朝日子あかくひむがしの海に生まれてゐたりけるかも
東海の渚に立てば朝日子はわがをとめごの額を照らす
しんしんと雪降る中にたたずめる馬の眼はまたたきにけり
電車とまるここは青山三丁目染屋(そめや)の紺に雪ふり消居り
侏儒(こびと)ひとり陣羽織きて行きにけり行方(ゆくへ)に春のつちげむり立つ
さにづらふ少女(をとめ)の歎(なげき)もものものし人さびせざるこがらしの音
赤光のなかに染まりて帰りくる農婦のをみな草負へりけり
なげかざる女のまなこ直(ただ)さびし電燈のもとに湯はたぎるなり
橡(とち)の太樹(ふとき)をいま吹きとほる五月(さつき)かぜ嫩葉(わかば)たふとく諸向(もろむ)きにけり
朝ゆけば朝森うごき夕くれば夕森うごく見とも悔いめや
しまし我は目をつむりなむ真日おちて鴉ねむりに行くこゑきこゆ
この夜は鳥獣魚介もしづかなれ未練もちてか行きかく行くわれも
きちがひの遊歩がへりのむらがりのひとり掌(て)を合す水に向きつつ
足乳根の母に連れられ川越えし田越えしこともありにけむもの
草づたふ朝の蛍よみじかかるわれのいのちを死なしむなゆめ
朝どりの朝立つわれの靴下のやぶれもさびし夏さりにけり
こころ妻まだうらわかく戸をあけて月は紅しといひにけるかも
わくらはに生(あ)れこしわれと思へども妻なればとてあひ寝るらむか
みじかかるこの世を経むとうらがなし女(おみな)の連れのありといふかも
われ起きてあはれといひぬとどろける疾風(はやち)のなかに蝉は鳴かざり
日向葵は諸伏しゐたりひた吹きに疾風ふき過ぎし方にむかひて
熱いでて臥しつつ思ふかかる日に言よせ妻は何をいふらむ
ふくらめる陸稲(おかぼ)ばたけに人はゐずあめなるや日のひかり澄みつつ
ありがたや玉蜀黍(たうきび)の実のものものもみな紅毛をいただきにけり
あかあかと南瓜ころがりゐたりけりむかうの道を農夫はかへる
ゆふづくと南瓜ばたけに漂へるあかき遊光に礙りあらずも
うつつなるわらべ専念あそぶこゑ巌の陰よりのびあがり見つ
妻とふたり命まもりて海つべに直(ただ)つつましく魚(いを)くひにけり
さんごじゆの大樹(だいじゆ)のうへを行く鴉南なぎさに低くなりつも
しろがねの雨わたつみに輝(て)りけむり漕ぎたみ遠きふたり舟びと
海岸にひとりの童子泣きにけりたらちねの母いづくを来らむ
いちめんにふくらみ円(まろ)き粟畑を潮ふきあげし疾(はや)かぜとほる
入日には金の真砂の揺られくる小磯の波に足をぬらす
旅を来てひそかに心の澄むものは一樹のかげの蒟蒻ぐさのたま
かうかうと西吹きあげて海雀あなたふと空に澄みゐて飛ばず
ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも
山ふかく遊行をしたり仮初のものとなおもひ山は邃(ふか)しも
ひさかたのしぐれふりくる空さびし土に下りたちて鴉は啼くも
かんかんと橡の太樹の立てらくを背向(そがひ)にしつつわれぞ歩める
ふゆ腹に絵をかく男ひとり来て動くけむりをかきはじめたり
ふゆ空に虹の立つこそやさしけれ角兵衛童子坂のぼりつつ
くれなゐの獅子をかうべにもつ童子もんどり打ちてあはれなるかも
あが母の吾(あ)を生ましけむうらわかきかなしき力おもはざらめや
あわ雪のながれふる夜のさ夜ふけてつま問ふ君を我は嬉しむ
こらへゐし我のまなこに涙たまる一つの息の朝雉のこゑ
尊とかりけりこのよの暁に雉子(きぎす)ひといきに悔しみ啼けり
真夏日のひかり澄み果てし浅茅原にそよぎの音のきこえけるかも
たらたらと漆の木より漆垂りものいふは憂き夏さりにけり
まかがよふ昼のなぎさに燃ゆる火の澄み透るまのいろの寂しさ
眉ながき漁師のこゑのふとぶとと泊(は)てたる舟にものいひにけり
いばらきの浜街道に眠りゐる洋傘(かうもり)売りを寂しくおもふ
おのづからあらはれ迫る冬山にしぐれの雨の降りにけるかも(ここから冬の山「祖母」)
ものの行(ゆき)とどまらめやも山峡(やまかひ)の杉のたいぼくの寒さのひびき
まなかひにあかはだかなる冬のしぐれに濡れてちかづく吾を
いのちをはりて眼をとぢし祖母(おほはは)の足にかすかなる皹のさびしさ
命たえし祖母(おほば)の頭(かうべ)剃りたまふ父を囲みしうからの目のなみだ
蝋の火のひかりに赤しおほははの棺の上の太刀鞘(ざや)のいろ
朝あけて父のかたはらに食す飯(いひ)ゆ立つ白気(しらいき)も寂しみて食す
日の入のあわただしもよ洋燈(らんぷ)つりて心がなしく納豆を食む
おほははのつひの葬り火田の畔(くろ)に?も鳴かぬ霜夜はふり火
ここに来てこころいたいたしまなかひに迫れる山に雪つもる見ゆ
いただきは雪かもみだる真日くれてはざまの村に人はねむりぬ
山がはのたぎちの響みとどまらぬわぎへの里に父老いにけり
あしびきの山こがらしの行く寒さ鴉のこゑはいよよ遠しも
はざまなる杉の大樹(だいじゅ)の下闇にゆふこがらしは葉おとしやまず
あしびきの山のはざまに幽かなる馬うづまりて霧たちのぼる
棺のまへに蝋の火をつづ夜さむく一番どりはなきそめにけり
おほははのつひの命にあはずして霜深き国に二夜ねむりぬ
せまりくる寒さに堪へて冬山の山ひだにいま陽の照るを見つ
きのこ汁くひつつおもふ祖母の乳房にすがりて我(あ)はねむりけむ
山峡(やまがひ)にありのままなる道の霜きえゆくらむかこのしづけさに 「祖母」ここまで
街かげの原にこほれる夜の雪ふみゆく我の咳ひびきけり
しらぬひの筑紫のはまの夜さむく命かなしとしはぶきにけむ
小野の土にかぎろひ立てり真日あかく天づたふこそ寂しかりけれ
うつしみはかなしきものか一つ樹をひたに寂しく思ひけるかも
うつつなるほろびの迅(はや)さひとたびは目ざめし鷄(かけ)もねむりたるらむ
あまがへる啼きこそいづれ照りとほる五月の小野(おぬ)の青きなかより
汗いでてなほめざめゐる夜は暗し現は深し蠅の飛ぶ音
橡の樹も今くれかかる曇日の七月八日ひぐらしは鳴く
苦しさに叫びあげけむ故人(なきひと)の古りたる写真けふ見つるかも 子規忌一首
この夜半にわれにかなしき土のみづつきつめてわれ物思はざらむ
かかる夜にひと怨みむは悲しかり痛き心をひとりまもらむ
この日頃ひとり籠りゐ食む飯(いひ)も二食(にじき)となりて足らふ寂しさ
もの投げてこゑをあげたるをさなごをこころ虚しくわれは見がたし
をさなごは畳のうへに立ちて居りこの幼子は立ちそめにけり
むらぎもの心はりつめしましくは幻覚をもつをとこにたいす
電燈の光とどかぬ宵やみのひくき空より蛾はとびて来つ
いらだたしもよ朝の電車に乗りあへるひとのことごと罪なきごとし
晩夏のひかりしみとほる見附したむきむきに電車停電し居り
しづかなる午後の日ざかりを行きし牛坂のなかばを今しあゆめる
あわただし明暮夜(あけくれよは)のめぐりさへ言問わぬかなや青き馬追
やまみづのたぎつ峡間に光さし大きいしただにむらがり居れり
かみな月十日山べを行きしかば虹あらはれぬ山の峡より
しづかなる砂地あはれめりひたぶるに大き石むれてあらき川原に
暗谷(くらだに)の流の上(かみ)を尋(と)めしかばあはれひとところ谷の明るさ
この世のものと思へど遥にてこだま相とよむ谿に来にけり
いにしへの碓氷峠(うすひたうげ)ののぼり路(ぢ)にわれを恐れて飛ぶ小鳥あり
あはれあはれここは肥前の長崎か唐寺のゐらかにふる寒き雨
しづかなる港のいろや朝飯の白くいき立つを食ひつつおもふ
朝あけて船より鳴れる太笛(ふとぶえ)のこだまはながし並みよろふ山

ふり灑ぐあまつひかりに目の見えぬくろき蛼(いとど)を追ひつめにけり


現代語訳

地に降りそそぐ空の光に目の見えない黒いカマドウマを追い詰めたのだ



出典

「あらたま」大正2年 1 黒きいとど


歌の語句

いとどは虫偏に車の漢字。カマドウマのこと 
あまつ・・・あまつの「つ」は上代の助詞。「天の」「天にある」
カマドウマは、目が見えないわけではないが、「秋の日光に照らされている彼らはおそらく眼が見えないだろう」「目の見えぬ」は作者の主観である」とあるので、「ひかりに」の「に」は、まぶしい光のために、という意図らしい。

解釈と鑑賞

ダイナミックだが不可思議な歌でもある。

11月時点での初案では、上句は「あかねさす昼は昼ゆえ」であって。光の明るいところでは、コオロギは眼が見えないということを主張することが主眼だったようだ。

「作者の主観」と併記してあるので、そうまでしてなぜその想像を成立させたかったのか、このこだわりがまず不可思議である。

上の初案を赤彦宛ての寄せ書きに記した際に、「この歌は大得意なり。大兄以ていかんとなす」と茂吉が記した通り、一連を気に入っていたようであるが、コオロギのような小さいものを追い詰めることへの高揚に共感できる人の方が稀だろう。

歌の背景と心境が取りざたされるが、判明には至っていない。管理人私はこれについて一つの仮説を持っているので、いつかこちらについても記したいと考えている。

なお、小池ひかるに「あかねさすひかりに出でて死にたりしかの髪切蟲を父ともおもへ」というのがあり、おそらくこの歌の影響か、または「あかねさす昼の光の尊くておたまじやくしは生れやまずけり」との類似、本歌取りと思われるのも興味深い。

 

佐藤佐太郎の鑑賞と解釈

そのこおろぎを「追ひつめにけり」は、どういうことなのか、こおろぎのようなかすかな生物であっても、それを冷静に傍観するというだけでなく、そこに何かの関係をもないでは満足しないという性向の現れといってもよいだろうし、サジズム的傾向の現れといってもよいだろう。(中略)
もっともサジズム的傾向といってもだれにでもある一面であるから今まで短歌になかった心理面を開拓するという意図であったかもしれない。「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり

 

歌の意味と現代語訳
あかあかと一本の道が野に通っている。それこそが私の命であるのだなあ


出典
「あらたま」大正2年 6一本道


歌の語句

「あかあかと・・・作者の他の歌同様「明々」か「赤々」かの区別がはっきりしないが、ひらがなで記されたときは、その両方を含むと受け取ってよさそうだ。 
たまきはる・・・枕詞「いのち」にかかる。「魂極まる」「魂刻む」の意味で万葉時代から使われた。
なりけり・・・なり+詠嘆の助動詞「けり」


表現技法

三句切れ
「たり」-「なりけり」の韻あり

解釈と鑑賞

作者自身がこの歌を述べて、「秋の一日代々木の原を見渡すと遠く一本の道が見えている。赤い太陽が団々として転がると、一本道を照りつけた。僕らはかの一本道を歩まねばならない。」とある。


作者の注


また、「この一首は私の信念のように、格言のように取り扱われたことがあるが、そういう概念的な歌ではなかった」。

概念的云々というのは、スローガン風の歌ではないという意味。
ちなみに「概念的」という言葉は、アララギ派の内では、評の際によく聞かれる言葉である。

「左千夫先生の死後であったので、おのずからこういう主観句になったものと見える」ともあるが、風景自体は代々木原の実景をもとにしているものである。


「僕ら」というめずらしい複数



「僕ら」はやはり当時のアララギのメンバーを差すのだと思うのが自然であり、師の伊藤左千夫の逝去後に自分自身を叱咤激励し、同時に他の面々にも呼び掛けたい気持ちもあったのだろう。


揺れ動く心

なお、塚本邦雄はこの一首前の「野のなかにかがやきて一本の道は見ゆここに命を落としかねつも」に、上の作との心境の不一致を指摘しながら、「一首のみが独立して、人の口と呼ぶ恐ろしい次元を遊行する例証ではあるまいか」と締めくくっているのもおもしろい。

私自身は、なぜその両方を載せたのかを不思議に思う。この場合は前の歌がなければ、後ろの歌も成立はしないだろう。

そのあとの「こころむなしく」「秋づける」「かなしみて」と比べると、歌に詠むべき心境とはむしろ定まりがたいもので、外界を離れた単体としての人の心などというものはないということを思わされる。

 

佐太郎の解説

強烈に日に照らされて、行く手に見える一本の道は、自分の行くべき道であり、自分の生命そのものであるという、強い断定が一首の力である。瞬間に燃えたつような感動をたくましく定着した点に注目すべき歌である。一首は荒々しく直線的に、単純で力強い。
「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

この直感の背後につながるゴッホの絵画をおもうこともできるし、「あかあかと」に芭蕉の句を、「命なりけり」に西行のかげをおもうこともできる。そういう影響は、消化されて血肉となって新しく生きている。斎藤茂吉の短歌の鑑賞と解説(上)(岩波書店「斎藤茂吉選集1」解説)

 

この夜は鳥獣魚介もしづかなれ未練もちてか行きかく行くわれも


歌の意味と現代語訳

この夜更けは鳥獣魚介何ものも静かに居よ。諦めきれずに未練をもって彷徨する自分も静かにあれ


出典

「あらたま」大正3年 4 諦念


歌の語句

鳥獣魚介・・・鳥、獣、魚、貝のことだが、すべての生きもの、万物の意味

なれ・・・「なり」の命令形

か行きかく行く・・・万葉集の柿本人麻呂「夕星(ゆうづづ)のか行きかく行き大船のたゆたふ見れば慰もる心もあらず」にある成句

表現技法

4句が6音で字足らず 以下 7音+3音
意図しての推敲後の破調と思われる

解釈と鑑賞

この一連のタイトルは「諦念」というものだが、むしろ諦めようとして諦められない自らの有りようを表していると言ってよい。

この歌においては、むしろ自らの心の落ち着きのなさを、引き合いに出した「鳥獣魚介」という自分以外のすべてのものの属性として暗示するところから始まる。

そして騒いでいる昼間の獣たちに「夜」という条件を与えて、「静まれ」というが、それもまた自分の心に対して願うものなのであり、そのように自らの心が客体としてとらえられているところにも、視点の特異さが見られるだろう。

「未練持ちて」には、実際の人物「おひろ」のような対象を挙げる人もいる。その理由として、結婚や留学の計画が進んでいたことなどから実生活が充実していた時期と見る向きがあるが、歌を見る限りでは、しきりに「諦め」を自らに言い聞かせようとする作者がおり、それは「おひろ」への思慕というようなことではないと思われる。

茂吉の心を悩ませていたのは、むしろ目の前の実質的な不満、待ち望んでいた結婚が茂吉の思い描いていたようなものではなかったことに因する。
茂吉の生涯はこの決められた伴侶との不和の不幸の中にあったと言ってもいい。

しかし、そのような、むしろ実体のない孤独と苦悩はこの時期の歌に不思議な精彩を与えている。

なお、同じ種類の歌として、塚本は「赤光」の「月落ちてさ夜ほの暗く未だかも弥勒は出でず蟲鳴けるかも」を同じ系譜の歌として挙げている。

佐藤佐太郎の鑑賞と解釈

「鳥獣魚介」は鳥類獣類魚類貝類で、やがて森羅万象の意におちつく。「しづかなれ」の「なれ」は、命令、希求である。「か行きかく行く」はあちらに行きこちらに行き、つまり彷徨である。

事件的背景というものがないのは、「赤光」の境地と違うところで、それだけ純一で深くなっていると言っていいだろう。「鳥獣魚介(てうじうぎょかい)もしづかなれ」という句など、宗教的といってよいほどしずかに沁み徹る語気である。
                          「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

草づたふ朝の蛍よみじかかるわれのいのちを死なしむなゆめ


歌の意味と現代語訳

草の葉に動いている朝の蛍よ その蛍と同じように短い私の命をゆめゆめ死なせることのないように


出典

「あらたま」大正3年 7 朝の蛍


歌の語句

づたふ・・・つたう 葉に沿って動くの意味
みじかかる・・・形容詞「短し」の活用 カリ活用と呼ばれる
死なしむ・・・「~させる」の使役 「死なせる」
ゆめ・・・「ゆめゆめ」と同じ。「けっして」の意味の文語。
「ゆめ」のみで、「ゆめ忘るな」「ゆめ驚くことなかれ」など、多く否定の文中に用いる


表現技法

2句切れ
「ゆめ死なしむな」の「ゆめ」を倒置で結句に置き、念を押す印象を残す

鑑賞と解釈

以下に解釈と鑑賞を記します。

 

自らの命のはかなさ

蛍の命は5日とも7日とも言われるため、「はかないもの」のたとえに使われることが多く、その蛍と自分を同じように見て、命の短さをはかなみつつ、「死なしむな」と呼び掛ける。

この時作者は32歳であるが、「存在の不安感が人一倍深かった」と言われるように、なぜか自らを短命であると思い込んでいたようだ。 その自らの命に対する祈りのようなものが、敬虔に謙虚に表されている。

 

一連の背景にある結婚

作者はこの年の4月に結婚したとされるが、一連中に「靴下のやぶれ」を詠ったものもあり、新妻との交流が十分でなかったこともうかがえる。

一連の他の歌も哀しいトーンのものが多く、長年期待してやっと果たした成婚が、作者の思ったような変化をもたらさなかったのかもしれないとも思う。呼びかけの相手「死なしむな」と呼び掛けている相手は、下の自解によると「蛍」そのものとなるが、塚本は蛍以外の「造物主」を否定しつつも示唆している。

なお、作者は「朝の蛍」の題名で後に自選歌集を出しており、この歌を気に入っていたようだ。

 

以下に作者と佐藤佐太郎の解。

朝草の上に、首の赤い蛍が歩いている。夜光る蛍とは別様にやはりあわれなものである。ああ朝の蛍よ、汝とても短い運命の持ち主であろうが、私もまた所詮短命者の列から免れがたいものである。されば、汝と相見るこの私の命をさしあたって死なしめてはならぬ(活かしてほしい)というぐらいの歌である。「作歌四十年」斎藤茂吉)

 

「われのいのちを死なしむなゆめ」は作者のいう通り、蛍に呼びかけた言葉であるが、蛍をも作者をもこめて、第三の絶対者に向かった言葉としてひびいいている。直感的に単純であるべき抒情詩だからこういう飛躍と省略がまたあるので、意味合いの合理性のみをもとめるとしたら、こういう歌は作れないし、また味わうこともできないだろう。ここに流れている、無限の哀韻だけを受け取るへきである。
                          「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

かうかうと西吹きあげて海雀あなたふと空に澄みゐて飛ばず

 

歌の意味と現代語訳
こうこうと西風が吹きあげる中、海雀が空の遠くにふと飛んでいないかのように止まって見える

出典
「あらたま」大正3年 11 三崎行

歌の語句
かうかう・・・「こうこう」 「こうこう」と読む。
西・・・西風
海雀・・・チドリ目・ウミスズメ科に分類される海鳥の1種
あなた・・・向こう、あちら。
例:「山のあなたの空遠く幸い住むと人のいう(上田敏訳『海潮音』所収 カール・ブッセ作「山のあなた」
澄みいて・・・澄む+いる 澄んでいて


表現技法

「海雀」のあとに「の」または「は」の助詞の省略がある。句切れなし
「かうかう=こうこう」は「きらきらと輝くさま。明るく照るさま」で、通常は光に対して用いられる副詞。
位置的には「吹き上げて」にかかるのだが、意味上は「澄みいて」とも関連がある。
また、西風の強く吹く様子の擬音とも取れる。「しんしん」等の畳語同様茂吉独特の用法といえる。

「ふと」というのは海雀がではなくて、作者の気付きの様子であり、「澄みゐて」は、どちらかというと「空」の様子であるが、海雀が主語になっている。よって、よく見ると、語順や形容するものが全体的に曖昧である。

さらに、結句の「飛ばず」は、飛んでいるのであるが、飛んでいないように見えることを「飛ばない」といっている。それが主観であることを伝えるために、全体が上のように統一されているとも言える。

鑑賞と解釈

古泉千樫と妻と三人で三崎に行った折の歌。
「西吹きあげて」は、記紀歌謡「倭(やまと)へに西吹き上げて雲離れ」から来ている。

一連には梁塵秘抄の影響が少なくないが、これは茂吉独自のモチーフだろう。文としては語と語とが不思議なつながりと配置で、普通ではとらえにくい情景が言い表されている。

飛んでいる鳥が「飛んでいないかのように見える」ことが「飛ばず」なのであるが、上4句までで、海雀が空にいることは表され、最後のわずか3文字に「飛ばず」が付け足しのように置かれる。

その控えめな「飛ばず」が、作者の主観「飛んでいないように見える」の控えめな提示となる。4句が字余りの8文字であることも効果があるだろう。

「澄みいて」は空の形容でもいいのだが、その空の一部であるかのようにとどまって動きのない鳥の一瞬の様子をとらえたものとなっている。

佐藤佐太郎は取り上げていても、なぜか塚本邦雄の「茂吉秀歌」には入っていない。
また逆に、塚本の取り上げている「入日には」は、佐太郎は挙げていない。茂吉本人の「作歌四十年」にも記載はない地味な歌ではあるのだが、

一連は梁塵秘抄の影響が大きい。
なお北原白秋に「帰命頂礼(きみょうちょうらい)このとき遙か海雀光めぐると誰か知らめや」というのがある。

 

佐藤佐太郎の解説

「かうかうと」は「しんしんと」などと同じく、この作者が「発見」して頻用した副詞だが、ここでは最も適切にもちいられている。「西吹きあげて」は、海から陸に向かって吹く西風で、「て」で小休止し、省略がある。「あなたふと」は芭蕉の影響もあるかもしれないが、動かすべからざる主観語として使用されている。しかも「海雀・空に澄みゐて飛ばず」の間に入って、一種迫った、甘滑でない語気を形成している。海雀の武重がいちように空に停滞するように見えるところを「空に澄みゐて飛ばず」といったのはおどろくべき的確さである。
                          「茂吉秀歌」佐藤佐太郎
この夜は鳥獣魚介もしづかなれ未練もちてか行きかく行くわれも


歌の意味と現代語訳

この夜更けは鳥獣魚介何ものも静かに居よ。諦めきれずに未練をもって彷徨する自分も静かにあれ



出典



「あらたま」大正3年 4 諦念


歌の語句


鳥獣魚介・・・鳥、獣、魚、貝のことだが、すべての生きもの、万物の意味
なれ・・・「なり」の命令形
か行きかく行く・・・万葉集の柿本人麻呂「夕星(ゆうづづ)のか行きかく行き大船のたゆたふ見れば慰もる心もあらず」にある成句


表現技法

4句が6音で字足らず 以下 7音+3音
意図しての破調と思われる

鑑賞と解釈


「あらたま」を貫く「諦念」のテーマ


この一連のタイトルは「諦念」というものだが、むしろ諦めようとして諦められない自らの有りようを表していると言ってよい。

この歌においては、むしろ自らの心の落ち着きのなさを、引き合いに出した「鳥獣魚介」という自分以外のすべてのものの属性として暗示するところから始まる。

そして騒いでいる昼間の獣たちに「夜」という条件を与えて、「静まれ」というが、それもまた自分の心に対して願うものなのであり、そのように自らの心が客体としてとらえられているところにも、視点の特異さが見られるだろう。

「未練持ちて」には、実際の人物「おひろ」のような対象を挙げる人もいる。その理由として、結婚や留学の計画が進んでいたことなどから実生活が充実していた時期と見る向きがあるが、歌を見る限りでは、しきりに「諦め」を自らに言い聞かせようとする作者がおり、それは「おひろ」への思慕というようなことではないと思われる。

茂吉の心を悩ませていたのは、むしろ目の前の実質的な不満、待ち望んでいた結婚が茂吉の思い描いていたようなものではなかったことに因する。
茂吉の生涯はこの決められた伴侶との不和の不幸の中にあったと言ってもいい。

しかし、そのような、むしろ実体のない孤独と苦悩はこの時期の歌に不思議な精彩を与えている。

なお、同じ種類の歌として、塚本は「赤光」の「月落ちてさ夜ほの暗く未だかも弥勒は出でず蟲鳴けるかも」を同じ系譜の歌として挙げている。

 

佐藤佐太郎の鑑賞と解釈

「鳥獣魚介」は鳥類獣類魚類貝類で、やがて森羅万象の意におちつく。「しづかなれ」の「なれ」は、命令、希求である。「か行きかく行く」はあちらに行きこちらに行き、つまり彷徨である。

事件的背景というものがないのは、「赤光」の境地と違うところで、それだけ純一で深くなっていると言っていいだろう。「鳥獣魚介(てうじうぎょかい)もしづかなれ」という句など、宗教的といってよいほどしずかに沁み徹る語気である。
                          「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

ひさかたのしぐれふりくる空さびし土に下りたちて鴉は啼くも


歌の意味と現代語訳


時雨の降ってくる空が寂しい。だから土に降りてきて鴉は鳴くのだよ


出典
「あらたま」大正3年 13 時雨

歌の語句
ひさかたの・・・天に関係のある「天」「空」「雨」「月」「月夜」「日」「昼」「雲」「雪」「あられ」などにかかる枕詞。
  参考:久かたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ(百人一首)

時雨・・・秋の末から冬の初めごろに、降ったりやんだりする小雨をいう
下りたいて・・・下り立つ
もは詠嘆の助動詞。「~であることよ」


表現技法

三句切れ 

鑑賞と解釈

上句と下句には意味上のつながりがあり、「空が寂しいので」という鴉の心を代弁しているのだが、もちろんは、それは鴉ではなく、作者の心持ちである。
その気持ちを反映させる光景を選択して、その「実景」を描写することで表している。

 

実相観入

作者が後年言った「実相に観入して自然・自己一元の生を写す」実相観入とは、表面的な写生にとどまらず、対象に自己を投入して、自己と対象とが一つになった世界を具象的に写すということだった。
この歌は地味な歌に見えるが、作者の歩みを伝えてもいるだろう。

的確な鴉の描写

「空」のさびしさは、ひとつは「時雨が降る」ということであるが、それをもっと強く表しているのは、鴉の動作である。
鴉が土の上に単に「居る」のではない。空が寂しいがゆえに下りてきて、さらに鳴いてその寂しさを訴える。

下に佐太郎の言う芭蕉の「枯れ枝に鳥のとまりけり秋の暮」との比較はそこだろう。芭蕉の「鳥」はただそこにあるだけであって、何かを感じているのは作者である。

対して茂吉の鴉は、鴉があたかも何かを感じているかのように、作者の心持と不可分のものとして描かれている。
作者本人が「『草づたふ朝の蛍よ』とも違う」と言うのもそこだろう。

 

梁塵秘抄の影響

作者はこの歌の「日本的」であることを否定している。

やはり梁塵秘抄ばりのひとつの変化であって自分は骨を折って此処まで歩んで来たような気持がしたのであった。この歌になると、まえにあった「草づたふ朝の蛍よ」の歌とももう違った動きになって居るように見える。外見的には日本的になったとも言い得るが、実質からいえば必ずしもそうではあるまい。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

塚本と佐太郎の評

塚本はむしろ「山峡(やまかひ)に朝なゆふなに人居りてものを言ふこそあはれなりけれ」の方に梁塵秘抄の影響、「今世紀の今様風あはれを感じる」という。

佐太郎は、「土に下りたちて啼く」の新しさを指摘している。

 

雲が低く垂れて時雨の降っている空が寂しいというので、その空と「土に下りたちて鴉は啼く」とが不即不離にひびき合っている。「寂し」は直接には「空」に連続しているが、気持ちとしては下句にかかっている。全体として寂莫とした空間の底をのぞいたような歌である。
「土に下りたちて・啼く」という直感が厚くて深い。芭蕉の「枯れ枝に鳥のとまりけり秋の暮」などを想起すれば、この新しさがわかるだろう。「外見的には日本的になったとも言い得るが、実質からいえば必ずしもそうではあるまい」というその実質はこの45句にある。                「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

真夏日(まなつひ)のひかり澄み果てし浅茅原(あさじはら)にそよぎの音のきこえけるかも


歌の意味と現代語訳


真夏日の澄んだ光が浅茅が原いっぱいに差している中に、わずかにそよぐ草の音が聞こえるのだ



出典
「あらたま」大正4年 7 寂しき夏

歌の語句
真夏日・・・読みは「まなつひ」
浅茅・・・まばらに生えた、または丈の低いチガヤ。
荒地に生えることが多く、文学作品では、荒涼とした風景を表すことが多い。俳句では秋の季語だが、この歌では真夏。
けり+かもは詠嘆の助動詞。「~であることよ」

表現技法
句切れなし

鑑賞と解釈

表現の妙よりも、情景を的確に表すことで、作者の微細な感覚と、そこにとらえたものを伝えている。

物音はなく、動くものもない。ただ、光の降り注ぐ原がある。

そしてそれに遅れて下句に「そよぎの音」を置くことで、耳を傾けるべくかすかな音が聞こえてきたということが伝わる。

五感を研ぎ澄まして、その音を惜しむ作者の孤独と虚無も同時に見えてくるだろう。

作者本人は『浅の蛍』の小記で「こういう静かな、澄んでしいんとしているような風景の歌は、むかしならば、幽玄ないし有心(うしん)の体である。今ならば象徴的歌である」とこの歌と前の「ゆふされば」を述べている。

また「現実感の生々としていないのは、仏典辺りに流れている、『澄朗』の感を欲したからではなかったかとおもう」(『斎藤茂吉集』巻末の記)と言っていることから、「よほど自讃の一首であり、この頃の代表作である」と言われている。

 

「作歌四十年」より作者の解説

茅腹一ぱいに夏の強い日光が射して、既に物音が絶えてしまった、とおもう刹那に浅茅のそよぎが幽かに聞こゆるというので、そのころ自分は新発見の如くによろこんでこの歌を作ったのであるが、出来てみれば、新発見の感動ほどにはいかなかった。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

作者はそのように述べているが、この箇所は謙遜というべきだろう。

 

 

塚本邦雄の評

塚本は異常感覚に近い敏感鋭利な自然現象へのリアクション」と否定的でもあるが、それは「写生」との弁の揶揄である。

一方で「怖るべき集中力、この真昼の、逢魔が時めいた一首の真空状態を、茂吉は短歌の事象荘厳化という特性を巧みに活用して、誠に千載一遇の『写生」をなし遂げた」と表現し、この歌のニヒリズムを強調する。

 

佐太郎の評

佐太郎は、この歌を高く評価し、「写生」を肯定している。

 

浅茅の生えている原に夏の日光がさんさんとふりそそいでいる。おしつけるような光の下に物音もなく静まりかえっているが、気がつけば微かに葉のそよぐ音が聞こえる。瞬間がそのまま永遠につながるような、しいんとした気配を表現している。(中略)
情景は自ずから現実の深さを象徴しているが、これは空想によって、予定された構図によってできた歌ではない。物を見える目が敬虔に透徹しているために見えたものである、作者のいう「写生」の究極のひとつがここにある。                   「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

まかがよふ昼のなぎさに燃ゆる火の澄み透るまのいろの寂しさ


歌の意味と現代語訳

昼の光にかがやく渚に燃える炎の澄みとおる時の色の寂しいことよ

出典
「あらたま」大正4年 9 渚の火

歌の語句
まかがよふ・・・「ま」は接頭語 かがようは「耀う」の動詞で「きらきら光って揺れる」の意味だが、佐藤佐太郎も指摘するが、古いところに用例がないため、作者の造語とされる。
なお、「あらたま」には「まかがよふ」で始まる歌は他に4首ある。「あらたま」全作品を見る

ま・・・「間」あいだ


表現技法

句切れなし 「寂しさ」は名詞の体言止めで、「あらたま」には「寂しさ」止めは5首ある。
広い情景から、ピンポイントで一つの物に焦点を狭めて、その一つをクローズアップする手法は茂吉にはよく見られる。

鑑賞と解釈

8月に茨城県磯原というところに滞在した。その海岸で海人(あま)や漁師が暖を取るために焚火を囲んでいる情景を詠んだもの。
炎の色という微細なところに注目し、そこに感じるものを取り上げるという繊細で感覚的な歌である。

「作歌四十年」より作者の解説

火炎が澄んで燃え立つまでに何ともいえぬ微妙の層を呈するものである。それをあらわして見ようとしたのであった。この一首も、ああも作りこうも作って、かろうじて此処まで至ったことを想起することが出来る。この一首の歌調は、なだからに言っていて、割合に重厚である。そこが私の力量を以ってしてあはそう容易でなかったので、おもいでとなり得るのである。(原文ママ)(「作歌四十年」斎藤茂吉)

 

現実の看方が一転化しようとした傾向を示し(中略)現実感の生々としていないのは、仏典辺りに流れている、「澄朗」の感を欲したからではなかったろうかと思う。(斎藤茂吉集巻末の記)

 

佐太郎の評

焚火の色彩に重点を置いて「いろの寂しさ」といっている。現れているところは「澄み透る」炎の色であって、昼の強い日光の差している海の渚にその炎が立っているのが象徴的である。現実の炎の色を「寂しさ」として受け取ったのがひとつの発見である。
「まかがよふ」の「ま」は接頭語であって、「耀ふ」という意である。意味よりも恩寵によって枕詞格に使われている。
それから、海ということをいわないで「昼の渚」とだけいって、そして結句を「寂しさ」と名詞で止めている。直線的で重厚な声調である。このあたりの作者の志向というものがうかがえるだろう。            「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

ものの行(ゆき)とどまらめやも山峡(やまかひ)の杉のたいぼくの寒さのひびき


歌の意味と現代語訳

世のものの変わりゆくはとどめられはしない。山峡の杉の大木のつたえる冬こがらしの響きよ

出典
「あらたま」大正4年 13 冬の山「祖母」其の一

歌の語句
ものの行・・・「万物流転」を大和言葉流にくだいたとの作者の自解がある。

万物流転は「この世にあるあらゆるものは、絶え間なく変化してやまない」という意味。この一連では、祖母の死をも指すことになるが、むしろ一つことに限定しない方がよい。

めやも・・・「め」は推量・意志の助動詞「む」の已然形
「や」は反語の係助詞「や」 「も」は詠嘆の係助詞「も」
推量または意志を反語的に言い表し、それに詠嘆の意が加わったもの。
「…だろうか、いやそんなことはないなあ」の意味となる。

たいぼく ひびき・・・大木 響き はそれぞれ漢字を当てていない


表現技法

反語的表現の2句切れ
「の」の反復の後の体言止め 

鑑賞と解釈

祖母「守谷のぶ」(戸籍名「ひで」)が大正4年11月逝去。郷里山形に帰省した時の作。「祖母」の三部作48首は「あらたま」中の大作であり、「赤光」の「死にたまふ母」とほぼ同じ位置にあるものとされる。

なお、のぶは祖母とはいっても、祖父が、妻の弟である茂吉の父を養子に迎えたため「祖母」とはなったが、実際は父の姉の伯母であって、茂吉は幼い時期、この伯母に育てられたというくらい、近しい間柄であった。

一連は「死にたまふ母」よりもいっそう観照を深くし、厳粛な自然と人の命の終焉を重ねて詠い、深い感動を誘うものとなっている。上の歌の「ものの行」は祖母の命の終焉を差すが、厳しい寒さにとどろくような杉を重ねて、一人の死を超えて俯瞰した表現の秀歌である。

 

「作歌四十年」より作者の解説

万物流転を『ものの行』と大和言葉流にくだいたのはその当時なかなか苦心したところであった。また、出来て見ると、「ものの行」の方が、万物流転よりも却っていいようにおもわれる。(中略)「ものの行」云々を上句に置き、「杉のたいぼくの寒さのひびき」を下句に置き、「ひびき」という語で止めたのも、私としては新表現の一つであった。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

 

佐太郎の評

この歌は、初頭のこがらしが吹きすさぶなかに山峡の杉の大木が寒いひびきを伝えているところで、前川を底辺として傾斜している金瓶の部落を「山峡」といい、隣家の宝泉寺の杉、道をへだてた郷社の杉を「杉のたいぼく」といったのであろう。そのひびきを聞いて、ためらいのない厳しさだと感じ、やがて、万物は無限に流転してやまないと感じたのである。だから三句以下が実質で、一二区は下句の抱擁するものを主観的に表白している。
突然のように主観を投げ出して「とどまらめやも」と強く上句を切って、さて支度を複合した名詞のように、実語(名詞)を「の」で連ねて、「ひびき」と名刺で止めた一首の形態が森厳重厚である。  「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

ここに来てこころいたいたしまなかひに迫れる山に雪つもる見ゆ


歌の意味と現代語訳

ここに至ってこころが痛々しい。目の前に迫る山に雪が積もっているのが見える

出典
「あらたま」大正4年 13 冬の山「祖母」其の一


歌の語句

ここに来て・・・この地に着いて、の意味だが、心がそこに至って、と気持ちが高まってくる過程を含んで表している
いたいたし・・・痛々しい
まなかひ・・・まなかい、目の前に
見ゆ・・・は現代語の「見える」の意味の語の基本形
対して、「(私が)見る」の場合の基本形は文語でも現代語と同じく「見る」

表現技法

2句切れ
「ここに」「こころ」のコ音。または「まなかひ」「せま」「やま」「見ゆ」のマ行音、「迫れる」「つもる」のル音など、整った音韻にも注意

鑑賞と解釈

祖母が亡くなった知らせに駆けつけてみれば、家の目の前に雪の積もる山が見え、一層心が痛む思いがするという意味の歌。身内の逝去への反応という抽象的なものではなく、実景を添えて、より実感の伝わりやすいものとなっている。
また、この「雪」は単なる雪ではなく、東北の厳しい冬と寒さを表す雪であることを感じたい。

「作歌四十年」より作者の解説

眼前に迫る冬山にもう雪が降りはじめたという、恐ろしいまでに厳しい趣である。「心いたいたし」は上句なって、「ものの行とどまらめやも」などと類似の手法であるが、これにはまたこれの特徴が出ている。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

 

佐太郎の評

「ここに来て」「まなかひに迫れる山」という具体的で確かな要素があるために「雪つもる」山の「いたいたし」さが受け取れるのだが、それにしても、「心いたいたし」という主観は、ぬきさしのならない確かさである。こういう表現はこの作者の傾向であり力量である。  「茂吉秀歌」佐藤佐太郎
はざまなる杉の大樹(だいじゅ)の下闇にゆふこがらしは葉おとしやまず


歌の意味と現代語訳

山峡にある杉の大木の下のくらがりにこがらしは葉を落とすことをやめることなく吹いている

出典
「あらたま」大正4年 14 冬の山「祖母」其の2


歌の語句

はざまなる・・・はざま あいだ。この場合は、山と山の間、山かいの意味。
なる・・・ 断定の助動詞「なり」の連体形〕…にある。この場合は、山のはざまにある
下闇・・・木下闇(こしたやみ)の木をとったもの。木の枝の下に影ができる、その暗闇
おとしやまず・・・落とす+止まない の複合動詞

表現技法
句切れなし
ゆふこがらしは、夕方のこがらしの意味だが、その雨の「山こがらし」と合わせて作者の造語だろう
ひらがなを多くして、漢字の部分を逆に強調する
主格は「の」ではなくて「は」を用いている。読み比べられたい
「落とす」と「落としやまず」も比較されたい

鑑賞と解釈

山の木と風の様子を詠って、厳しい寒さを表す。人の死をただ悲しむのではなく、一連を通じて張り詰めた峻厳さがある。
「はざまなる」は、山と山のはざまであるが、そのような場所に生きるとして、人の生を暗示する。
木の葉は地ではなく、木の下闇に落ちるとして、影の部分を提示する。
また「落とす」はそれのみでは一回切りともとれるが、「落としやまず」は時間的経過と減少の反復を指す。「落としやまず」には、人の死の嘆きに通じるものがあるだろう。

なお、

「作歌四十年」より作者の解説 

「ゆふこがらし」「葉おとしやまず」あたりは、難儀して作ったから、記念とすることが出来る。 この一首などは一気に出来たように聞こえるけれども、決してそうではなかった。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

佐太郎の評

「こがらし」を主格にして「ゆふこがらしは葉おとしやまず」といったのだろうが、読む方にもその感動は伝わってくる。状景がなにか奥深く厳しいが、その感銘は特に「葉おとしやまず」という文句にあるように思われる。風のために連続している動きが何か象徴的である。 「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

街かげの原にこほれる夜の雪ふみゆく我の咳ひびきけり


歌の意味と現代語訳

街の暗がりの原に凍っている夜の雪を踏みながら行く私の咳が響くのだなあ

出典
「あらたま」大正5年 1 夜の雪


歌の語句

街かげ・・・「町」は町名を表す時、それ以外は「街」が使われた。
原・・・ 自宅近くの空き地のようなところ。
ふみゆく・・・踏み+行くの複合動詞 踏んでいく
けり・・・詠嘆の助動詞

表現技法
句切れなし 「夜の雪」のあとは「を」の助詞が省略されている

鑑賞と解釈

最初にまだ誰も踏んでいないだろう「凍っている雪」を置いて、遅れて「我」とその動き、そして「咳」をもって、原の空間の無人の喚起と静けさを大仰でなく淡々と表している。 「祖母」一連の跡からは、平坦な日常的な歌が続く。塚本邦雄は退屈をさかんに述べながらも「端正で引き締まった調べ、ふと襟を正したくなるくらいの真摯な凝視と作詩法(プロソディ)は文句のつけようもない」と言っている。 淡い歌ではあっても、依然として作者には孤独が胸を占めていたのだろう。 退屈なほどの日常的な歌が詠まれるときというのは、逆に生活も心境も安定していたには違いない。

 

「作歌四十年」より作者の解説 

寒い時分に東京で作ったものである。「我の咳ひびきけり」に重点があり「けり」と曲がないように止めたのであった。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

佐太郎の評

「原にこほれる夜の雪」と「咳ひびきけり」との関連において、生活のつつましさ、寂しさが感じられる。結句の「けり」が淡々としていていい。 「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

 

斎藤茂吉「あらたま」から主要な代表作の短歌の解説と観賞です。
このページは現代語訳付きの方で、語の注解と「茂吉秀歌」から佐藤佐太郎の解釈も併記します。
他にも佐藤佐太郎の「茂吉三十鑑賞」に佐太郎の抽出した「あらたま」の歌の詳しい解説と鑑賞がありますので、併せてご覧ください。
「あらたま」全作品の筆写は斎藤茂吉「あらたま」短歌全作品にあります。

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小野の土にかぎろひ立てり真日あかく天づたふこそ寂しかりけれ


歌の意味と現代語訳

原の土の上にかげろうが立っている。太陽が赤く空を伝うことの寂しいことよ

出典
「あらたま」大正5年 5 寂土


歌の語句

小野・・・ 「お」は接頭語。 野。野原。さして広くない野原。
かぎろひ・・・「かぎろひ」と「かげろふ」と二つの語がある。前者は東の空に見える明け方の光。曙光(しよこう)、後者は、春の晴れて直射日光の強い日などに、地面からゆらめいてのぼる気。ここでは後者。
真日・・・太陽のこと。「真」は接頭語
あかく・・・平仮名表記の時は、「明し」「赤し」の両方の意味があるのだろう
「天づたう」・・・天(あめ)は空のことで、空をつたう太陽の動くを表している
「こそ・・・けれ」は係り結び」

表現技法
2句切れ 

鑑賞と解釈

「街かげの原にこほれる夜の雪ふみゆく我の咳ひびきけり」と似たモチーフで、自宅近くの情景を詠んだものだろう。都会の中にたまたまある原や空き地の風景だと思うが、詠まれているものは、かすかなかげろうのゆらめきと、その熱を土に伝える太陽だけである。

「天づたふ」というのが、ゆるやかな時間経過を含むが、「真日あかく」の太陽はむしろ動きのあるものというよりも、空にとどまっているかのようであり、白昼の静けさを表すものとなっている。

実景ではもっといろいろなものが目に入っただろうが、詠まれたものが限定的であると、景色にはそれしかないということになる。何を選ぶかが精査されて一つの情景が表されている。

 

「作歌四十年」より作者の解説 

ここでは「真日あかく天伝ふ」という句に主点を置いて苦心したように思う。島木赤彦君も晩年に「寂寥相」を力説したが、この辺りに既に淵源していた。
浅茅原のそよぎ(この歌を見る)といい、小野の土の陽炎といい、捨てがたきものとして取り扱っている。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

 

佐太郎の評

「小野の土に」といったのは、冬で土があらわに見えているのであろう。
静かに晴れた日で土から冬の陽炎が立っているのが寂しいというのである。そういう虚しさの中に陽炎だけがかすかに動いている状景は、「真日あかく天づたふこそ寂しかりけれ」という下句によって暗示されているだろう。
具体的にとらえたという内容がほとんどないように見える歌にもなにか切実な感情が流れており、言葉には不思議なひびきがある。 「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

 

 

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