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寄物陳思の表現様式 なぜ短歌には物や景色が詠まれるのか 

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短歌には、多く季節の物や風景、あるいは身近な対象物が詠み込まれます。
詩歌というのは、そもそも物を詠むものではなく、人の心を表すものなのですが、心を媒介するのに、なぜ必ずと言っていいくらい、そこに物の仲立ちが必要になるのでしょうか。

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目には見えない心

そもそも人の気持ちというのは、目には見えません。目には見えないものを言葉で言い表すのは難しいものです。

たとえば、その日の気分によって、心に色がつくとしたらどうでしょう。
穏やかな時は緑であったり、元気な時は黄色であったり、沈んだときは青であったり、リトマス試験紙のように色が変わるものであったとしたら、色を知らせることで、自分の気持ちが今どんなものなのかを伝えることができると思います。

短歌における物や景色とは、そもそもそのようなものなのだろうと思います。

微細な心のグラデーション

また、同じ一つのカテゴリーであっても、たとえば「悲しい」という状態には様々なレンジがあります。
ある日誰かが死んでしまって、嘆き悲しむような「悲しい」というのと、失恋した悲しみとでは、同じ「悲しい」ではあっても、種類は全く違います。

そのような、感情の微細なところを表すのには、「悲しい」といった抽象的な言葉、短歌では「感情語」とも言われますが、それだけでは不十分なため、目に見えるものを入れることで、より細やかに心の状態を表そうとしたものだとも思われます。

斎藤茂吉の「うれひ」の例

斎藤茂吉の歌を例に引きます。

細みづにながるる砂の片寄りに静まるほどのうれひなりけり

川の細い流れがあって、その水の端に流れの悪くなっているよどんだところがある。そこに細かい砂が流れずにたまっている。そのくらいの程度の、そのような種類の「愁い」である---

そのような提示の仕方で、作者は自分の気持ちを述べているわけですが、大変微細に自分の心境をとらえて、それを表現しています。

ここでは、その「砂の片寄り」を用いることで、「愁い」という、ただ一言で大雑把に述べるよりもはるかに多くのことを読み手に伝えることができます。

一つには、誰もが見たことがあって容易に浮かべられる物とその情景を用いることによって、イメージが瞬時に共有されるということ。その共有自体が、半分くらいは共感と同じであるといってもいいでしょう。

その上で、このような表現には、強いオリジナリティー、独自性があります。「愁い」という誰にでも共通の言葉で言い表す以上の、この作者に個別の表現が、物や情景を選りすぐることで、可能になるということなのです。

寄物陳思の表現様式

物や景色を詠むということは、実際にも万葉集の頃からある短歌のスタイル、技法でもあるもので、「寄物陳思」と呼ばれています。
「寄物陳思」というのは、「物に寄せて思いを陳(の)べる」ということです。

以下に寄物陳思について説明された部分を挙げておきます。

〈寄物陳思(きぶつちんし)〉の表現様式は、記紀歌謡以来のきわめて伝統的な詠み方であったとみられます。
『万葉集』のなかでも、後で述べる〈正述心緒〉(せいじゅつしんしょ)型、つまり心情や行為を表す言葉だけで構成する表現様式よりも、こちらの方がはるかに多いのです。
この〈寄物陳思〉の様式では〈物〉が〈心〉に従属する関係であるよりも、むしろ〈物〉と〈心〉が対等の位置にあってたがいに対応しあっている、とみることができます。
もともと人間の心や行為を現わす言葉は、それ自体抽象的であり、しかも語彙もさほど豊富ではありません。
あの人のことがたまらなく恋しいとか、あの人と一緒にいないのが堪えがたく寂しいとか言うだけなら、ありきたりの表現に終始するだけです。
ところがそこに、目に見える山や花や川の流れなど具体的なものや景を加えてみると、どうなるでしょう。
〈物〉はあくまでも具体的に目に見える事物現象を表す言葉です。そうした〈物〉を〈心〉の文脈にとりこむことによって、〈物〉だけでもなければ〈心〉だけでもない、新たな心の映像がつくり出されます。
詩歌一般におけるイメージとしての映像です。〈物〉と〈心〉を対応させる方法によって、心のありきたりな表現を克服して、いかにも叙情的な詩性をひらこうとしたといえます。---『万葉集入門』鈴木日出男著

長い時間をかけて受け継がれてきた詩形と詠み方によって、今も短歌が詠まれているということは、つくづく不思議なことだと思います。

とても分かりやすく書かれている入門書です。

万葉集研究の第一人者の監修。写真が美しい。別冊太陽。

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