前登志夫「いのちなりけり吉野晩祷」散文集刊行のお知らせ - 短歌のこと

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前登志夫「いのちなりけり吉野晩祷」散文集刊行のお知らせ

更新日:

 

前登志夫没後10年にまとめられた散文集が刊行になったとのこと。
朝日新聞の書評欄で知りました。

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前登志夫散文集「いのちなりけり吉野晩祷」

 

前が創刊した歌誌「ヤママユ」の歌人たちの手でまとめられた散文集とあります。
概要は

吉野を足場に活躍した、日本を代表する歌人の没後10年記念散文集。いずれも単行本未収録で、朝日新聞連載の最晩年の歌人の吉野便り

 

いのちの根源

その中で自身の歌について書かれたところ。

一本の木が、樹木本来の存在のみなもとに還り、岩が岩そのものの原初の輝きに戻るような、時空を超越したいのちの根源にこそ、わが歌は歌われなければならない。

 

文学というより宗教、または哲学に似た境地のようなところに短歌が置かれている。
「歌を命」という人は多いのだが、命をさらにさかのぼったところ、「いのちの根源」という言葉が使われている。

現代の短歌について

一方で、現代の短歌について。

「自我の表層でがさがさして情報過多な、近年の短歌に食傷している」

または

「今ここに生きて在る原始的な知覚やみずみずしい生命の奥行きに乏しい」

 

「原始的な知覚」と言われると、作品そのものや短歌のスタイルがどうというよりも、やはり現代のライフスタイルや感情生活そのものが、「いのちの根源」からかけ離れたところにあるのではないかとの問いも生まれてきます。

前登志夫の歌を読んでいると、いつの間にか、生き物としての原始の叫びをすっかり失っている自分に気づかされます。

前登志夫の短歌

かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり
暗道(くらみち)のわれの歩みにまつはれる螢ありわれはいかなる河か
わが歌は輝ける他者やまももの実を食うべゐる家族(うから)も死者も
崖の上にほんのしばらく繭のごと棲まはせてもらふと四方(よも)を拝めり
ぶらさがるあけびの熟れ実食(は)みをれば八百万神咲(え)らぐしづけさ
ことしまた梟啼きぬわたくしの生まれるまへの若葉の闇に
青空のふかき一日ことばみな忘れてしまひ青草を刈る
 

 

毎日新聞書評:

詩歌の森へ前登志夫没後十年=酒井佐忠

書評中に引かれた歌
ふるくにのゆふべを匂(にお)ふ山桜わが殺(あや)めたるもののしづけさ

最晩年の作品
木枯の夜は歌詠まむ飛び散れる木の葉にまぎれあそぶ神をり

前登志夫 まえ-としお 1926-2008

昭和後期-平成時代の歌人。 大正15年1月1日生まれ。詩人として出発したが,昭和30年前川佐美雄に入門し短歌に転じる。
郷里の奈良県吉野で林業を営むかたわら、自然を背景とした土俗的な歌を作り続けた。雅号は「樹下山人(じゅかさんじん)」
迢空賞、詩歌文学館賞、斎藤茂吉短歌文学賞、読売文学賞、現代短歌大賞、毎日芸術賞、日本芸術院賞、恩賜賞など受賞。

 

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