あらたま 茂吉一首鑑賞

はざまなる杉の大樹の下闇にゆふこがらしは葉おとしやまず『あらたま』短歌代表作品斎藤茂吉

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斎藤茂吉「あらたま」から主要な代表作の短歌の解説と観賞です。
このページは現代語訳付きの方で、語の注解と「茂吉秀歌」から佐藤佐太郎の解釈も併記します。
他にも佐藤佐太郎の「茂吉三十鑑賞」に佐太郎の抽出した「あらたま」の歌の詳しい解説と鑑賞がありますので、併せてご覧ください。
「あらたま」全作品の筆写は斎藤茂吉「あらたま」短歌全作品にあります。

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はざまなる杉の大樹(だいじゅ)の下闇にゆふこがらしは葉おとしやまず


歌の意味と現代語訳

山峡にある杉の大木の下のくらがりにこがらしは葉を落とすことをやめることなく吹いている

出典
「あらたま」大正4年 14 冬の山「祖母」其の2


歌の語句

はざまなる・・・はざま あいだ。この場合は、山と山の間、山かいの意味。
なる・・・ 断定の助動詞「なり」の連体形〕…にある。この場合は、山のはざまにある
下闇・・・木下闇(こしたやみ)の木をとったもの。木の枝の下に影ができる、その暗闇
おとしやまず・・・落とす+止まない の複合動詞

表現技法
句切れなし
ゆふこがらしは、夕方のこがらしの意味だが、その雨の「山こがらし」と合わせて作者の造語だろう
ひらがなを多くして、漢字の部分を逆に強調する
主格は「の」ではなくて「は」を用いている。読み比べられたい
「落とす」と「落としやまず」も比較されたい

鑑賞と解釈

山の木と風の様子を詠って、厳しい寒さを表す。人の死をただ悲しむのではなく、一連を通じて張り詰めた峻厳さがある。
「はざまなる」は、山と山のはざまであるが、そのような場所に生きるとして、人の生を暗示する。
木の葉は地ではなく、木の下闇に落ちるとして、影の部分を提示する。
また「落とす」はそれのみでは一回切りともとれるが、「落としやまず」は時間的経過と減少の反復を指す。「落としやまず」には、人の死の嘆きに通じるものがあるだろう。

 

「作歌四十年」より作者の解説 

「ゆふこがらし」「葉おとしやまず」あたりは、難儀して作ったから、記念とすることが出来る。 この一首などは一気に出来たように聞こえるけれども、決してそうではなかった。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

佐太郎の評

「こがらし」を主格にして「ゆふこがらしは葉おとしやまず」といったのだろうが、読む方にもその感動は伝わってくる。状景がなにか奥深く厳しいが、その感銘は特に「葉おとしやまず」という文句にあるように思われる。風のために連続している動きが何か象徴的である。 「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

一連の歌

14 こがらし 「祖母」其の二
あしびきの山こがらしの行く寒さ鴉のこゑはいよよ遠しも
高原にくたびれ居れば山脈(やまなみ)は雪にひかりつつあらはれ見え来
はざまなる杉の大樹(だいじゅ)の下闇にゆふこがらしは葉おとしやまず
時雨ふる冬山かげの湯のけむり香に立ち来りねむりがたしも
あしびきの山のはざまに幽かなる馬うづまりて霧たちのぼる
棺のまへに蝋の火をつづ夜さむく一番どりはなきそめにけり
山形の市にひとむれてさやげどもまじはらむ心われもたなくに
むらぎもの心もしまし落ゐたり落葉のうへを黒猫はしる
冬の山に近づく午後の日のひかり干栗(ほしぐり)の上に蠅ならびけり
ぢりぢりとゐろりに燃ゆる楢の木の太根はつひにけむり挙げつも
おほははのつひの命にあはずして霜深き国に二夜ねむりぬ
せまりくる寒さに堪へて冬山の山ひだにいま陽の照るを見つ
きのこ汁くひつつおもふ祖母の乳房にすがりて我(あ)はねむりけむ
稚(おさな)くてありし日のごと吊柿(つりがき)に陽はあはあはと差しゐたるかも
あら土の霜の解けゆくはあはれなり稚きときも我は見にしが
ふるさとに帰りてくれば庭隅(にはくま)の鋸屑(おがくず)の上にも霜ふりにけり
夕されば稲かり終へし田のおもに物の音こそなかりけるかも

 

*この歌の次の歌

街かげの原にこほれる夜の雪ふみゆく我の咳ひびきけり


歌の意味と現代語訳

街の暗がりの原に凍っている夜の雪を踏みながら行く私の咳が響くのだなあ

出典
「あらたま」大正5年 1 夜の雪

歌の語句
街かげ・・・「町」は町名を表す時、それ以外は「街」が使われた。
原・・・ 自宅近くの空き地のようなところ。
ふみゆく・・・踏み+行くの複合動詞 踏んでいく
けり・・・詠嘆の助動詞

表現技法
句切れなし 「夜の雪」のあとは「を」の助詞が省略されている

鑑賞と解釈

最初にまだ誰も踏んでいないだろう「凍っている雪」を置いて、遅れて「我」とその動き、そして「咳」をもって、原の空間の無人の喚起と静けさを大仰でなく淡々と表している。

「祖母」一連のあとからは、平坦な日常的な歌が続く。塚本邦雄は退屈をさかんに述べながらも「端正で引き締まった調べ、ふと襟を正したくなるくらいの真摯な凝視と作詩法(プロソディ)は文句のつけようもない」と言っている。淡い歌ではあっても、依然として作者には孤独が胸を占めていたのだろう。退屈なほどの日常的な歌が詠まれるときというのは、逆に生活も心境も安定していたには違いない。

 

「作歌四十年」より作者の解説 

寒い時分に東京で作ったものである。「我の咳ひびきけり」に重点があり「けり」と曲がないように止めたのであった。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

佐太郎の評

「原にこほれる夜の雪」と「咳ひびきけり」との関連において、生活のつつましさ、寂しさが感じられる。結句の「けり」が淡々としていていい。 「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

 







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