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朝日歌壇より2018年1月8日

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1月8日の朝日歌壇から、好きな歌、勉強になりそうな歌を引用させていただきました。
季節がら雪の歌も多いですね。

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この空き地に我が家ありしと指し示す田老の町の震災ガイドは  新井登志雄

震災にあった町を見学した折の歌。

それぞれの屋根に雪降るそれぞれのひとの定めに雪のふりつむ  美原凍子

三好達治をほうふつとさせる情景だが、達治の方の雪の情景はあたたかい。
こちらは、もう少し厳しい雪だろう。

古稀近き妻がピアノを習ふとき面輪に少女の瞳が光る  宮原義夫

「面輪」という言葉が、自分ならなかなか出てこない。てらいなく、妻を少女といえるのがいい。
なお、面輪が変換で出てこないのはなぜか。

レジ袋要るかと聞かれ応えつつ今日初めての会話ときづく  大谷純子

私にもある。が、それが結構楽しみであり、スーパーは大好きな場所。

手術終えし息子は我の顔を見て<おかん>ではなく<おかあさん>と言えり  橋本恭子

今日の一番好きな歌の二つのうちのひとつ。
前にも書いたが、なぜか私は子供の歌が好きなのだと、短歌を通して初めて気がついた。
「おかあさん」というのは、なんて美しい呼び名だろう。

特攻隊の若者が死ぬときにも、最後に母の名を呼んだ。母親が好きだというだけではない、母は一つの象徴で、どこか宗教的な感じすらする。たとえば、聖母マリアのような。
子供がそう母を呼ぶ時に、母は普遍の存在に押し上げられるのだ。

以上高野公彦選

自死よりも辞職選ぶが正常と妻に語りき正常の頃  長尾幹也

四句までは何ということもなく読んできて、最後ではっとする。つまり、そのような 条件の下でなら、という結句がついて、そこまでのところがひっくり返ることになる。

内容はともかくこういうものは、まだ作ったことがない。いつかできるといいが。

闘争の痕跡もなき本郷に医学部教授ママチャリを漕ぐ  三宅立美

自分の自転車の歌を、戯れに「チャリンコ短歌」と呼んでいたことがあったが、チャリというのは俗語。ママチャリは要は自転車なのだが、「自転車をこぐ」では上のようにならない。
効果のある言葉ということをあらためて考える。

以上永田和宏選

大晦日夜勤業務を引き受けし若者一人蕎麦を啜りぬ  奥中渓水

蕎麦を啜ったところでたいした事件ではない、平坦な一首なのだが惹かれる歌。
心境としては侘しいのかと思うと、案外そうでない気もする。あくまで平常勤務で蕎麦の部分だけが大晦日なのだろう。

蕎麦はコンビニの蕎麦か。昨年末に、独居の高齢母にも買ってやったが。

受話器取ればたちまち語彙も発声も東北人に夫はもどりぬ  村田知子

類歌はあるだろうが、高野選の「古稀近き」もそうであるように、妻と夫それぞれに対するまなざしがあたたかい。

恐竜を襲ったダニを封じ込め白亜紀からの琥珀は光る  伊藤澄子

微生物によって恐竜は衰退していったものか。めずらしい題材。

チューリップ球根二百個植え終えてはるかな浅間の峰の雪見る 阿部芳夫

チューリップ農家の方だろう。似たモチーフの歌はあるだろうが、チューリップの見えない花色と雪の白との対象が良い。
このような並列を作るときは、対象物のバランスを考えるべきなのだ。そう一たびは教わったことを思い出す。

チューリップが20個では駄目。二百個だから畑の広さが見える。それだから「はるかな」が生きる。これはそうしつらえたのではなくて、そのありのままなのだろう。

以上馬場あき子選
選者別に引いたのは初めてなのだが、面白いことに、皆が選ぶものはバラバラで、馬場選は、私から見て、整ったものが多いようだ。

雪纏う木々並び立つ道を抜け今旅人でなき身を惜しむ  川合優子
虐待で失われたる命にもきらきらネーム燦として有り  佐藤由美子

新聞を読むと同じように思うのだが、なぜ虐待を受ける子供が、皆揃ってきらきらネームなのだろう。あるいは、それほどに多いということか。否、虐待ではなく、名前の方。

公園のベンチはみんな西向きで疲れた人に夕日を見せる  小室安弘

今回好きな歌の2首目。茂吉の赤光とは、夕暮れの光だろうと岡井が言ったが、この夕日は穏やかな光の夕日。多分、赤でなく、もう少し橙色がかっているような。

以上佐々木幸綱選

人の、それも自分より上級者の作品に失礼なようだが、勉強させていただきたく、足りないところはご容赦願いたい。

朝日俳壇賞は、長谷川櫂選が、以前見かけて好きだった下の作品。

凩(こがらし)やあなたが眠るまで歌ふ 寺崎久美子

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