朝日歌壇

朝日歌壇より5月27日号 身近な題材から詠む

更新日:

 

こんにちは。まる @marutankaです。
ブログがリニューアルにつき、まだところどころ表示が落ち着きませんが、順次修正いたしておりますので、少しお待ちくださいね。

週明けは、朝日新聞の朝日歌壇から好きな歌を筆写して感想を書いています。
朝日歌壇は朝刊日曜日に掲載。当記事は、5月27日の掲載分です。

スポンサーリンク




朝日歌壇とは

 

朝日歌壇についての説明です。
「朝日歌壇」とは朝日新聞朝刊の短歌投稿欄です。俳句は「朝日俳壇」です。
新聞の短歌投稿欄は、どの新聞においても、誰でも自由に投稿できます。
投稿方法の詳しいことは別記事
「朝日歌壇」とは何か?朝日歌壇の紹介と他の新聞の短歌投稿方法と応募の宛先住所」
をご覧ください。

 

高野公彦選

 

今週は全体的に写したい歌が少なかった。なぜかわからないが、多分ブログの記事の修正で、斎藤茂吉の歌ばかりが目に入っていたので、時代がかけ離れているためかもしれない。

 

隠蔽とセクハラ・改竄くくりたる古紙回収の軽トラが行く 野々村紘一

時事問題を詠んだものはいつも掲載されているが、人ではなくて、新聞の方に焦点がある。どうも「人」を詠んだものは、個人的にあまり好きになれない面があるのだが、この歌は事件に関わる人を直接に名指しするのではなくて、そのような世を嘆いているのだろう。
「改竄」という難しい文字も、朝日歌壇の読者にはおなじみになってしまった。このような事件がなかったら、今後も知らなかったかもしれない。

 

永田和宏選

税務署の窓の少なきビル建ちぬむかし窓税ありしイギリス 豊万里

内容がとても意外だ。窓がたくさんある家というのは、要するに窓を浸ける手間の分、建築費用が高いということなのだろうか。節税のために、窓が少ない薄暗い家が並ぶとしたら寂しいが。

 

ノックせず部屋に入り来し者のごと書込みのあり図書館の本  沢井栄子

アマゾンで本を買った時にも同様のことがあるらしい。こちらは中古の本だから仕方がないが、図書館の本は、元々公共のものだと思って読んでいるのに、そこに書き込みを見つけるとそのような気持ちになるものか。

吾妻山雪のうさぎの去りしあとただ斑雪残る山肌  新妻順子

吾妻小富士の山肌には「うさぎの形をした雪形」が残るのだという。その雪も溶けて、ウサギの形がなくなってしまうと、見えるのは切れ切れになった雪だけになる、そういう景色を詠んだ歌。
斎藤茂吉の「死にたまふ母」にも吾妻山は詠まれている。

 

馬場あき子選

雉(きじ)鳴いて笛の音に和す村祭盲目の兄耳で観ている  松田繁憲

盲目の兄と同じように、村祭りの物音に耳を澄ます作者。おそらくは目で見えたものを教えてあげながら、ふと思いついてそうしてみたものだろう。
同じものを見たい、同じことをしたいという要求は、他人より身内の方が強いものなのだろう。兄弟の絆がかなしくも伝わるところがある。

 

渋滞の助手席にして顔を出す犬は人間くさき面持つ  若島安子 

こんなことも歌になるのだなあ、という感じ。確かに、人の顔と同じ高さにいる犬は「人間くさい」。そういえば、茂吉にも「ああ馬のかほ」というのがあった。

 

この春もマリーゴールド庭に蒔きツマグロヒョウモン訪う夏を待つ 吉川清子

ツマグロヒョウモンというのは蝶の一種で、マリーゴールドの花に寄ってくるものだと初めて知った。投稿者は川越市の方なので、たぶん私の居るあたりでも見られるのだろうか。
マリーゴールドはどちらかというと虫よけになると聞いたが、蝶のために花の種をまくというのも目新しい。共選。

 

佐々木幸綱選

百年の我が家支へし礎石見るライト片手に地下に潜つて  一宮一郎

コンクリートがない時代のことで、礎石は文字通り石なのだ。それも100年前の。点検か何かで見る必要があったのだろうが、さぞ感慨深く眺められたものだろう。

 

虫干しのために泳いだ鯉のぼり五月五日に三時間だけ  小室寿子

佐々木選のこれも面白い。もう子供は巣立ってしまって久しいが、虫干しのために子どもの日に鯉のぼりを風になびかせる。
そういえば、家にも弟の鯉のぼりがあったのだが、あれはどこへ行ってしまったのだろう。懐かしいものがある。

 

水張りて苗を待つ田は一面の鏡となりて白山を映す  盛田和代

家の方にも毎年見られる光景だが、何よりも「一面の鏡となりて」がよい。つまり、白山が丸ごと映っているのであって、山が映るという雄大な眺めはここにしかあるまい。
「水張りて苗を待つ田は」の上句には静けさと、静けさゆえの揺るぎのなさも暗示されている。

 

朝もやに切り絵のように藤たれて老人会のラジオ体操  内山豊子

石川啄木「一握の砂」の短歌代表作品を書き写す際にもあったが、比喩が効いていてそれだけで一首が十分に成り立つ歌が啄木にはたくさんあった。この歌でも「切り絵のように」が、微妙な陰影を持つ藤の花を思わせる。
また、「朝もやに」は情景の要素でもあり、老人たちのラジオ体操の時間の早いことも伝えられ、特に上句は山水画のような趣がある。
「藤咲きて」ではなく「藤たれて」というところにも注意したい。
出来事自体は、ただラジオ体操の片隅に藤の花が咲いていたということだけなのだが、それが一首になるのは見事であり、見習いたい。

 

まとめ

今号は佐々木選の歌に、好きなものがたくさんありました。歌に詠まれている景色や出来事は、特別なことではなく、身近なことが多いのですが、そこから題材を見つけられるというのは素晴らしいとあらためて思います。

 

 

ランキングに参加しています。クリックで応援よろしくお願いします

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ







-朝日歌壇

Copyright© 短歌のこと , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.