朝日歌壇

朝日歌壇から9月30日号 見習うべき様々な表現

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こんにちは。まる @marutankaです。

朝日新聞の朝日歌壇から好きな歌を筆写して感想を書いています。
朝日歌壇は朝刊日曜日に掲載。当記事は、9月30日の掲載分です。

 

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朝日歌壇とは

朝日歌壇についての説明です。
「朝日歌壇」とは朝日新聞朝刊の短歌投稿欄です。俳句は「朝日俳壇」です。
新聞の短歌投稿欄は、どの新聞においても、誰でも自由に投稿できます。投稿方法の詳しいことは別記事
「朝日歌壇」とは何か?朝日歌壇の紹介と他の新聞の短歌投稿方法と応募の宛先住所」
をご覧ください。

<馬場あき子選>

サザエさんちびまる子ちゃん去り行きて昭和平成確かに終わる(筑紫野市)二宮正博

「サザエさん」は誰が去ったのかと思ったら、お母さん役のフネの声優さんだそうだ。
昭和に並んで平成とあるのには感慨ふかい。平成の元号が定められたのも、そう遠いことではないような気がするのに。

自家発電搾乳済まし棄つと言ふ友は悔しいブラックアウト(新発田市)北條祐史

北海道の友だろうか。牛は、乳を搾っておかないと炎症を起こして病気になってしまうのだそうだ。だから絞るだけ絞って、しかし、その乳は運ぶことも加工もできず捨てなければならない。

小さな秋坂の上からころげてきた胸いっぱいに大きく吸いこむ(横浜市)こんどうまさひろ

児童の投稿者だろうか。「ころげてきた」のは何だろう。微笑ましい歌。

<佐佐木幸綱選>

早送りしたき夜空に星々の常より明るき震度七の日(恵庭市)五十嵐容子

初句は星の動きを示すのに、早送りした映像というのがテレビに流れることだが、独創的な捉え方。
初句から読んでいって、なぜ星がさえるのかの理由が結句においてわかる構成。しかも、震度7だからではなくて、そこに地震の後の停電があったことが省略されている。しかしそれよりも、そのような過酷な環境において、夜空の美しさに焦点を当てる作者の気持ちに何より打たれる。美しくも切ない夜空なのだ。

親子猪は鉄柵に体打ちつけて逃げる努力を最後までする(岩国市)木村桂子

「猪」は「しし」と読むのだろうか。動物にしてみれば、反射的にバタバタと暴れているだけなのかもしれないが、「努力を最後までする」との見方に人の気持ちの投影がある。作歌の時の作者の状況も反映されるだろう。

ひと月の人の情けの旅をして指輪は還る我が手のひらに(名古屋市)磯前睦子

なくした指輪が一月後に戻ってきた感慨だが、作者は見つけた人、預かった人などの手を介したことに思いを馳せている。さらにそれを「人の情けの旅をして」という表現が素晴らしい。

歌会の金属という兼題に山ほどのネタ吾は機械屋(京都市)足立猛

歌会にまつわる愉快で面白い作品。以前ネットで、若い歌を詠む人たちが歌会を敬遠することについて議論になったことがあったが、こんなこともある。楽しく詠みたい。

来年も親が来るのか子が来るか知りたい気持ち燕(つばめ)去り月(つくば市)高力栄子

単に燕が来た、だけではなくて、今年の燕が帰ってくるのか、それとも、子どもの方かと思いを巡らせる。燕の歌はよく見るが、思い付きが独創的だ。

午前二時赤信号が点滅し横断歩道走り行く影(松山市)結城万十

真夜中の光景。作者は自動車で通りがかったのだろうか。こんな時間に外を歩いている人に遭遇したことが歌になった。

アメリカとカナダを虹が繋(つな)いでる滝の間近にボート入るとき(アメリカ)悦子ダンバー

こんな雄大な光景は、ここでしか見られまい。国をまたいでかかる虹である。その下をボートでくぐる作者の感慨。

来年も生きてるだろうと夏パジャマ夏の終わりに半額で買う(三原市)岡田独甫

投稿者常連の確かご住職の方。歌を拝見しているとお元気そうだ。もっとも、最晩年ではなくても、私なども時々考えることもある。自分の場合はさすがにパジャマではなく、もっと長いスパンで使う家具などだが。

<高野公彦選>

日本語がたどたどしくて可愛いくて強くてすごいなおみに拍手(熊本市)徳丸征子

この作品がどうというよりも、どうも、日本人は相手を子ども扱いし過ぎる感がある。女性歌手やアイドルなどが幼稚化するのは、その方が人気が高くなるからだと聞いている。外国では子供っぽいことは、イコール「可愛い」ことではなく、むしろ評価は低い。

法螺(ほら)を吹く友も静かに死にまして秋が来たのにお酒が不味(まず)い(三郷市)木村義熙

山崎方代を思い出させるような口語の歌。面白めかしているが、酒がまずくなるほど作者の悲しみは深い。

忘却がありて生きゆく人間のわすれたきことわすれ得ぬなり(茅ケ崎市)若林禎子

誰にでも忘れたくないことがあり、忘れたいことがあるだろう。しかし、必ずしも思うようにはいかない。自分の記憶さえも。

木染月(こそめづき)子の生れ月夭折(ようせつ)の次女を愛(かな)しとまた思ふ月(大和郡山市)新藤公子

これも、また忘れ得ぬことの一つ。小染月とは木々が色濃く染まる月の意から旧暦の8月を差す呼び名だそうだ。その月になる度思い出す。初句が印象的で忘れ難いことを表しているだろう。

かにかくに老いの煮詰めしプルーンジャム附子(ぶす)と名付けてひとり占めせむ(山形県)佐藤幹夫

附子とは狂言に出て来る話の中で、これは、附子という毒薬だから桶に手を触れないようにと言われたが、実は砂糖だった、というもの。その言葉一つでユーモラスな歌になった。
しょくの「かにかくに」もこの場合ユーモラス。この音も含めて面白い。

われにそのつもりなけれど税金の回り回りて辺野古を埋める(長野県)千葉俊彦

上句の声高でない消極的な言い分が、不本意な税の使われ方を示唆する。「回り回りて」というのも、不透明さを伝えているだろう。

<永田和宏選>

内ポケットの数だけ男にある世界あめ玉一つが残りてをりぬ(豊橋市)鈴木昌宏

ハードボイルドな男に特化した「世界」を提示しながら、入っているのは「あめ玉」という転換。若い頃なら、もっとそれなりのものが入っていたのだろう。哀愁はあるが楽しい歌だ。

妻逝きて秋に入りたるわが庭を雑草のあはひ一人に歩む(江田島市)和田紀元

心境ではなく、状況そのままを詠んで心境を伝える。静かな歌いぶりが、沈潜した悲しみを伝える。

亡妻(つま)と吾いい塩梅に違ってた嗜好信条センス性格(仙台市)二瓶真

こちらは楽しく思い起こす妻の言。「いい塩梅に」が長年連れ添った老夫婦を表すに適した良い言葉であると気がつかされる。

まとめ

毎回簡単に好きな歌だけをさっと書こうと思っていると、好き嫌いだけではなくて、興味を引かれる歌が多くて、ついつい引用する歌が長くなってしまいます。

「小さな秋坂の上からころげてきた」や「ひと月の人の情けの旅」の抽象化、「震度七の日」の結句で「停電」という言葉なしに星の美しさを焦点に逆説的に状況を伝えるものや、「木染月」「附子」などのポイントとなるめずらしい言葉、さらには内ポケットにあめ玉の逆接なき転換など、皆すばらしい表現を含む作品が、今号には多数見つかりました。

拝見していて見習いたいものばかりです。ご投稿ありがとうございます。

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