朝日歌壇

朝日歌壇 様々な生活のシーンを詠む 夜明の思い 文語と口語のコントラストなど

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こんにちは。まる @marutankaです。

朝日新聞の朝日歌壇から好きな歌を筆写して感想を書いています。
朝日歌壇は朝刊日曜日に掲載。当記事は、10月14日の掲載分です。

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朝日歌壇とは

朝日歌壇についての説明です。
「朝日歌壇」とは朝日新聞朝刊の短歌投稿欄です。俳句は「朝日俳壇」です。
新聞の短歌投稿欄は、どの新聞においても、誰でも自由に投稿できます。投稿方法の詳しいことは別記事
「朝日歌壇」とは何か?朝日歌壇の紹介と他の新聞の短歌投稿方法と応募の宛先住所」
をご覧ください。

<高野公彦選>

眼科に行き耳鼻科に寄りてその帰り心電図撮る今日の遠足(海老名市)山内美津子

高齢者の多科受診だが「遠足」というのは徒歩で行かれたのだろうか。だったらお元気で何より。

 

被爆せる母子に水をやるために再び戻る白昼の夢(西海市)原田覚

戦後70年経っても当事者はこのような夢を見る。「再び戻る」というのは、いくつか考えられる。家人は実際にもそうしたことの再現では、というが、私は、被爆した母子を夢に見て、水をあげるためにまた夢の中に戻ろうということかもしれないとも思う。
そして、無限に繰り返される夢は、決して終わることがないのだろう。どこの誰とも知れない母子であるのに。

 

人生を上出来でしたと総括し樹木希林さん鬼籍に入りぬ(三原市)岡田独甫

常連の住職の投稿。結句の「鬼籍に入りぬ」が良い。共選。

 

いま夜が明けようとするまだ嘘をひとつもついていないいちにち(観音寺市)篠原俊則

社会生活をする上で、良くも悪くも「嘘」が必要かもしれない。広義の「潤滑油」の嘘であれば、誰にでもありそうだ。それを「嘘」とカテゴライズすると苦しくなる。他の言葉で考えるのもいいかもしれない。たとえば「社交」とか。

 

忘れもの持ちつつ追えばなつかしき朝の空気と全力疾走(東京都)上田結香

作者は普段は家にいる主婦なのだろう。案外家にいる人は、早朝や夜はそれほど出かけることがない。「なつかしき」というのは、この間まで憶えのある空気なのだろう。

<永田和宏選>

値札見て猫を選んでいる人よそこに並んでいるのは命(観音寺市)篠原俊則

私も買わないまでもペットコーナーを見に行くことがある。やはり値段を必ず見るのだが、これはどういう心理だろう。本来値段がついていないものに、値がついていること自体が不思議なのだ。檻に入っているのが人間だったらどうだろう。

 

おばさんになれど中身はなりきれぬおじさんたちもそうなのかしら(枚方市)東大路エリカ

ユーモラスな歌だが、上句は文語で客観的な内省。そして、下句は口語で肉声のままの素朴な疑問が呈される。言葉の多様性と対比がやや複雑ともいえる。

 

この国の政治を諦めかけている秋の日うすい夕刊が来る(大網白里市)川島薫子

時事詠は個人的に好まないので、当ブログにもあまり引かないのだが、この歌は何となく好き。下句の具体が良いのと、諦める心境に呼応するかのような「うすい」が良いのだろう。しかし「諦めかけている」は諦めたということではない。まだまだ望みがありそうだ。歌に詠むこともその一つ。

 

霊柩車にきっとすがりはしない妻淋しいけれどいいのだそれで(霧島市)久野茂樹

口語ではあるが、複雑な深い内容。昔曽野綾子さんが書いていた本に、やがて一人になる言に備えて、ひとりで楽しめることを探す、という記述があった。あまりにも悲しみが深ければ、人は生きられない。妻にとっては「すらがない」程度の情は良いことだ。ここに夫の思いやりがある。

 

父を知らぬ少年にして親となり子と向き合へる父たらむとす(横浜市)籾山肇

これも複雑な来歴をうまく表している。「少年にして親となり」には、長い時間経過が含まれる。自分には経験のないことを子にはするのだ。

 

<馬場あき子選>

ルソン島とテレビが言えば胸にしむ命落としし父の地なれば(飯田市)草田礼子

台風被害のニュースに特別な感慨を持つ日本人は今ではどれだけいるだろう。戦後70年を経ての家族の感慨だが、戦争の犠牲者というのは亡くなった人ばかりではない。その膨大さにあらためて気づかさせられる。

 

人と熊の境界線は疾(と)うに消え一日に二度熊と出会へり(岩手県)山内義廣

頻度が具体的に記されると「疾(と)うに消え」に納得。このように、補足し合う内容が一体となって一つのことを指し示す歌は良い。自分で作るには難しいのだが。

 

<佐佐木幸綱選>

ちつちやな星にちつぽけな影捺(お)して行くはやぶさ2よ勇敢な奴(水戸市)檜山佳与子

口語の形容詞が童話のような雰囲気を作り出している。結句の擬人化した「奴」も良い。

 

患者さんの一つの問ひに潜みをる影のごときを耳澄ませ聴く(東京都)水谷実穂

お医者さんの説明を「ムンテラ」というのだが、このような相手の気持ちを読み取りながらの話は、案外大変だそうだ。というのも、治療を引き受けているのが、目の前の医師である以上患者は表立って不安を言い表しにくい。お医者さんである作者はそれもよく知っているのだろう。

 

唐獅子を消して火傷(やけど)の如き背ここまでせぬと風呂にも入れぬ(須賀川市)伊東伸也

作者にしか詠めない特殊な内容。それにしても入れる時も消す時も、たいへんだったのではなかろうか。

 

白鷺(しらさぎ)が白鷺の立つ対岸の瀬をめざしゆく河面かすめて(東金市)山本寒苦

事実だけが詠まれているのだが、なんとなく好きな情景。斎藤茂吉に「寒くなりしガードしたに臥すに近寄りてゆくありにけり」を思い出す。

 

大地震(ない)に揺れしわが家をまた揺らす演習場の大砲の音(北広島市)岩瀬義丸

気が休まる暇もない。普段ならともかくこういう時の振動音はさぞ迷惑だろう。

まとめ

樹木希林さんの追悼歌が今回も見られました。また、戦後長い年月を経てもなお止まず回顧されることがあるというのは、常に胸底の痛みを思い起こさせます。
今週の歌はますますバラエティーに富んで楽しめるものでした。ご覧の皆様もご健詠を。

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