ともしび

なにがなし心おそれて居たりけり雨にしめれる畳のうへに/斎藤茂吉『ともしび』短歌代表作品

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斎藤茂吉『ともしび』から主要な代表作の短歌の解説と観賞です。
このページは現代語訳付きの方です。語の注解と「茂吉秀歌」から佐藤佐太郎の解釈も併記します。

他にも佐藤佐太郎の「茂吉三十鑑賞」に佐太郎の抽出した『ともしび』の歌の詳しい解説と鑑賞がありますので、併せてご覧ください。

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なにがなし心おそれて居(ゐ)たりけり雨にしめれる畳のうへに

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なにがなし心おそれて居(ゐ)たりけり雨にしめれる畳のうへに

歌の意味と現代語訳

何となく心が落ち着かない。この雨に湿り気を帯びた畳の上に居て

出典
「ともしび」大正14年

歌の語句
なにがなし…なにかなし【何か無し】=なにがなし
はっきりした原因・理由や目的もなくある事態が起こるさま。なんとなく

心…「心を」ではなくて、「心」が主語

いたりけり…居る+たり(過去 存続の助動詞)+けり(詠嘆の助動詞)
意味:「いたのであったよ」

しめれる…湿っている
しめる+存続の助動詞「り」の連体形 過去

表現技法
3句切れ 倒置法

鑑賞と解釈

日常の中の心の動きを歌う断片。

一連に、「さみだれて畳のうえへにふく黴を寂しと言はな足に踏みつつ」があるので、五月雨による、畳の湿りであろう。

作者茂吉は、5年ぶりに日本に帰国。久しぶりの日本的ともいえる梅雨の季を迎え、「何がなし」で、理由を特に示してはいないが、なんとなく生じる心の乱れを捉えて詠んでいる。

以前の作品にも、「にはとりの卵の黄身の亂(みだ)れゆくさみだれごろのあぢきなきかな」と詠んだものもあり、梅雨の時期が作者を憂鬱にしたものと思われる。

斎藤茂吉は、自律神経が人よりも過敏で、天候の変化の前には頭痛を訴えるなど繊細な体質でもあったらしい。生活するにはともかく、詩人としては恵まれた体質ともいえる。

初句の「なにがなし」はめずらしい言葉。副詞だが、初句切れの感じに近く、これだけで目立つ歌となっている。

「心おそれて」も珍しい表現で、心を恐れるのではなく、「心が」何かを恐れているようだという、心を自分から離して、客体化したような扱いも特異であろう。

下句「雨にしめれる畳のうへに」の単純化にも注目したい。

「なにがなし」の「し」音、「おそれて」の「そ」、「しめれる」のS音の引継ぎも注意したい。

些末な出来事とも言えない心のうごきを捉えて、隙がない整った一首。

佐藤佐太郎の評

雨はいつの雨でもいいが、実際は梅雨であっただろう。足かけ5年ぶりに日本に帰って、日本特有の梅雨をあらためて経験したわけだが、作者は別のところで「我が国の次は、これはまたヨーロッパ人などの思い及ばぬ幽隠な静かな感じのするもの」と言っている。

ここでは、火難後の生活を暗示するように「なにがなし心おそれて居たりけり」と、梅雨の湿気を不安な心理面から感じている。その心理状態の把握は鋭くしかも的確である。

梅雨に湿った畳を踏んで、君の悪いような不安同様を感じたのが鋭い心理の動きであり、それを端的に「心おそれて」と言ったのが微妙である。「なにがなし」という俗語に近い言葉も直接でいい。

これは「狂言」などから採ったと思われるが、こういう言葉に輝きを与えて使用するのもこの作者の特徴であった。

「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

一連の歌

なにがなし心おそれて居(ゐ)たりけり雨にしめれる畳のうへに

Munchen(ミユンヘン)にわが居(を)りしとき夜(よる)ふけて陰(ほと)の白毛(しらげ)を切りて棄(す)てにき

午前二時ごろにてもありつらむ何か清々(すがすが)しき夢を見てゐし

焼あとに迫(せま)りしげれる草むらにきのふもけふも雨は降りつつ

今日(けふ)の日(ひ)も夕ぐれざまとおもふとき首(かうべ)をたれて我は居(を)りにき

 

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