朝日歌壇

自殺と短歌 岸上大作と萩原慎一郎 朝日新聞「うたをよむ」

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朝日新聞「うたをよむ」の、「若者の自死と歌」と題するコラムを読みました。

著者は佐古良男さん、取り上げられたのは岸上大作と、藤原慎一郎さんでした。

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「うたをよむ」に「若者の自死と歌」

朝日新聞に日曜日に掲載される「朝日歌壇」に、「うたをよむ」というコラムがあります。

そこに「若者の自死と歌」というテーマで、岸上大作と、萩原慎一郎さんの短歌が紹介されていました。

自殺をした歌人というテーマですね。

著者は、佐古良男さん、この歌人は猫をテーマにした、ユニークでたいへんおもしろい歌集を出されています。

 

岸上大作の短歌

自死をめぐって、紹介された歌人の一人は、岸上大作でした。

血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする

この方は早くして亡くなってしまったわけですが、今でも現代短歌の本などには、必ずその作品が収録されています。

テーマが、安保闘争にまつわるものが多いため、記憶に刻まれているためもあるのでしょうか。

自殺の原因は、解説などでは、学生運動と失恋と言われています。

岸上大作の歌で、多く引用される歌が、下の作品

美しき誤算のひとつわれのみが昂ぶりて逢い重ねしことも

 

その相手を詠んだ歌、

海のこと言いてあがりし屋上に風に乱れる髪をみている

プラカード持ちしほてりを残す手に汝に伝えん受話器をつかむ

汗わきくる掌は自らの手につかみながらもう不用意な告白はあらぬ

 

岸上大作は、作者は母一人子一人として育ちましたので、大学生になるまで育てた母上の悲嘆はどれだけであったでしょう。

皺のばし送られし紙幣夜となればマシン油しみし母の手匂う

萩原慎一郎さんの短歌

もう一人は、萩原慎一郎さん、共感する人が多く、亡くなってからも作品は読まれ続けている歌人です。

夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから

 

萩原さんの作品については、下の記事でご覧ください。

自殺の原因の多くは精神的な不調

ここからは、短歌には直接関係がないことですが、大切なことであると思うので書いておきます。

コラムの著者佐古氏は、

わたしには同じく短歌を愛する者として残念なことがある。それは、短歌という器が彼らにとって、死を思いとどまらせるだけの救いにならなかったことだ

と述べられています。

短歌と自殺には直接の関係はもちろんありません。また、自殺をする人というのは、たいていはうつ病が多く、その症状の一つとして希死念慮というものがあるということは知られています。

佐古さんは「作品が生前から高い評価を得ていたにもかかわらずである」として、死を選んだことをその分残念がっておられるのですが、高所得者だろうが高学歴者だろうが、希死念慮には変わりがありません。

それは逆に、インフルエンザで高熱を出している人に対して、「短歌」を持ち出すのと同様かけ離れたことであって、努力や意志の力では何ともなりません。

精神的な不調が顕著であるときには、作歌よりも仕事よりも、何よりまず休養をとることです。

そもそもが、うつ病はもとより、精神的な不調に陥ると生産性が極端に落ちるため、短歌や仕事どころではなくなります。

したがって、自殺をした創作者の作品といえども、その作品はすべてある程度の健康な状態の時に制作されたものです。

また、このブログのこの記事においても、「自殺をした歌人の短歌」と便宜上書いていますが、「インフルエンザの人の短歌」という切り分け方に何の特色も見出せるはずもないように、自殺と短歌の間にも「便宜上」という以上の関連性はありません。

岸上の作品も、藤原慎一郎さんの作品も、作品として優れているために、今まで読み継がれてきているのだと思います。

これからももっと作品を読みたかったのに、早く亡くなってしまって残念だと思う気持ちは私とても変わりはありません。

もしこれらの人たちが30歳、40歳になっても短歌を詠み続けていれば、その時になって、「いやあ、あの頃は自分も若かったからね」というような回顧の言葉も聞かれたかもしれないとも想像してみるのです。





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