朝日歌壇

コロナの短歌6 マスクのある生活を詠む

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新型コロナの短歌、短歌を詠まれる方は、どのような内容を歌にしているのでしょうか。

朝日歌壇にはコロナウイルスとその影響下の生活の情景を詠んだ短歌がたくさん投稿されています。

5月10日の朝日新聞の投稿歌より、コロナの短歌をご紹介します。

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コロナ禍を詠む短歌

日本だけでなく人類の危機をもたらす新型コロナ、この危機を短歌で分かち合おうとして、朝日歌壇の投稿にもコロナウイルスとその影響下にある生活の様子を題材にした短歌が投稿されています。

コロナの脅威にもめげず、また、生活の制限される悲しみをも、歌に詠もうとする気概が素晴らしいですね。コロナの短歌をご紹介します。

 

コロナの投稿歌 5月10日の朝日歌壇

5月10日の朝日歌壇の短歌より、コロナが題材の短歌をご紹介します。

今日もすばらしい作品が投稿されています。投稿者の敬称は略させていただきます。

マスクの短歌

コロナと共に毎日のように話題に浮上したものが、マスクというアイテムです。

マスクそのものが、コロナの代名詞となっており、短歌にも数多く登場しています。

街中で会う人会う人みなマスクどこの店でも売ってないのに

(岡山市)伊藤次郎

マスクはコロナウイルスの感染が広がると同時に不足。購入するには並ぶという光景はまるで戦時中の品不足を思わせるまでとなりました。

しかし、不足に限らず、多くの人がマスクをつけている。いったいどこで手に入れているのかという疑問を持つ方は少なくありません。疑問を言葉にした点、大いに同感できるものとなっています。

 

 身を守る備へはマスク一つにて敵地に入るごとスーパーに入る

(ひたちなか市)篠原克彦

4句の「適地に入るごと」の比喩が上句と相関しています。

マスクは絶対ではないとも言われていますが、かろうじてマスクがあるということが、心強いものとなっているのですね。

 

 取り敢えず延期しようかプロポーズマスクなしでも話せる日まで

(横浜市)水谷亮介

結婚を申し込もうと思っていたが、自分はマスクの内側から告げることになるし、相手の返答もマスクの向こうからということになります。

しかも、映画にあった”ガラス越しの接吻”のようにロマンチックさには欠けます。長引くならともかく「取り敢えず延期」に現在の状況が反映されています。

 

 コンサートの警備なくなり子はマスク売出しセールの警備に赴(ゆ)けり

(松山市)宇都宮朋子

警備の仕事をされているご子息、イベント自粛でコンサートは中止。

そして、あらたな三密の現場であるマスクの売り場の警備につくというのです。その転換が見事に作品中に表されています。

 

マスクする生徒の顔を知らぬまま授業はじめる我もマスクで

(滝沢市)菅原宰

見知った人の顔なら、マスクに覆われていても判別はつきますが、まったく初対面の新学期、先生と生徒、心を割って知り合おうにもマスクをする顔ばかりなのです。

先生はしばらくは名簿に頼る他はなさそうです。

コロナ下の生活

マスク以外のコロナ下の生活を表す作品です。

 価値観を変えるウイルス 林業が最も安全な職種となりぬ

(東京都)豊万里

事務職も対面職もいずれも三密を免れませんが、意外にも戸外での仕事は”安全”として、価値観が転換されることになった、その点を表しています。

 

哀しみは乗り越えるものではなくて深く埋(うず)めるものだと悟る

(中津市)瀬口美子

外国での葬儀風景でしょうか。「戦う」とはいっても、人は無力。結句の「悟る」に諦観と容認があります。

もっともこの歌は、コロナばかりではない心境の歌とも読めますね。

 

 面会の叶はぬ母の施設より笑顔のスナップ写真届きぬ

(宝塚市)小竹哲

老人施設にいる身内と会えないというコロナのもたらす疎遠の一つ。

下句の「笑顔のスナップ」に救われます。

オンライン面会もおすすめですよ。

 

以上、コロナが題材の短歌です。

どの歌も、それぞれの面する様々な観点からコロナ禍を題材に詠んでおられて素晴らしいですね。ありがとうございます。

 

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コロナ以外の短歌

以下は、コロナ以外の短歌で、すてきな歌だなと思ったものです。

今週は、コロナ以外の作品も大変に充実しており、ぜひ皆さんにも読んでいただきたい歌が目白押しです。

 

呑めるうちが華よといって淋しげに大酒呑みが所望する白湯(さゆ)

(霧島市)久野茂樹

高齢かご病気か、本当は酒が飲みたいが、と白湯をもらう場面です。

「淋しげに」に哀感が漂います。

 

我が寺の禁葷酒(くんしゅ)の碑はいつからか沓脱(くつぬ)ぎ石に使われている

(三原市)岡田独甫

作者は引退されたお寺の住職。

禁葷酒(きん くんしゅ)とは、「酒の匂いをさせて山門を潜るべからず」という意味で禅寺の入り口にあるそうです。

不要になった石碑なのでしょうか、いつからか時期はわからないが沓脱の石となって出入りの際に足に踏まれている。

哀しくも若干ユーモラスなお歌ですが、それも「我が寺の」だからいえることです。

同じ作者の「ヰノシシが寺領の藪で初物(はつもの)の竹の子食へり我より先に」も面白い作品です。

 

軒下に足長蜂の巣を許し同士のごとく老い人の棲む

(前橋市)荻原葉月

蜂の巣は見つけたら大急ぎで撤去すべきものですが、蜂も生き物、出入りしている姿も、訪れる人も少ない老いの住まいでは慰められるとして、そのままにしているお宅のご様子。

4句「同士のごとく」というのは、老い人が自分自身も蜂に見立てているものでしょう。蜂の巣を傍観しているだけではない、それだから作品になるのですね。

 

自(し)が影の口に口づけするごとく牧場の馬は草を食(は)みをり

(静岡県)半田豊

頭を深く垂れて草を食べる馬、その姿に作者は一種の敬虔の念を覚えるのでしょう。

仏教的ではないところが新鮮です。

 

赤城嶺も谷川岳もこの世から消えしごとくに靄のカーテン(高崎市)

門倉まさる

山にかかる靄と、現代語の「カーテン」との組み合わせが斬新です。

3句以下「この世から消えしごとくに」、見えなくなっただけではなく「消え」てしまったという思いつきも独特のものがあります。

 

赤城嶺も谷川岳もこの世から消えしごとくに靄のカーテン(高崎市)

門倉まさる

山にかかる靄を現代語の「カーテン」との組み合わせが斬新です。

3句以下「この世から消えしごとくに」、見えなくなっただけではなく消えたという思いつきが独特です。

古くは光を表す布、「天つ領巾(ひれ)」という言葉があったのを思い出します。

 

見上げれば微かに光る天の川マスクで曇ったメガネ外して

(甲州市)麻生孝

天の川というのは、肉眼でも見えるらしいのですが、おぼろげな星の光なのでしょうか。

「メガネの曇り」がその姿を暗示しているようです。

終わりに

こちらにあげただけではなくて、他の歌ももっと引用させていただきたいものがたくさんありました。

新型コロナの感染者はいったん減少、そろそろ外出禁止の期限が検討される地域も出ていきました。

コロナ禍も貴重な歴史の一コマです。楽しんで作品を作っていきましょう。

それではまた来週お届けしようと思います。

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