朝日歌壇

コロナの短歌11 オンラインと化粧 10万円給付とマスク 母の日

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新型コロナの短歌、短歌を詠まれる方は、どのような内容を歌にしているのでしょうか。

朝日歌壇にはコロナ禍と、その影響下での生活の情景を詠んだ短歌がたくさん投稿されています。

6月14日の朝日新聞の投稿歌より、コロナの短歌をご紹介します。

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コロナ禍を詠む短歌

日本だけでなく人類の危機をもたらす新型コロナ、この危機を短歌で分かち合おうとして、朝日歌壇の投稿にもコロナウイルスとその影響下にある生活の様子を題材にした短歌が投稿されています。

コロナの脅威にもめげず、また、生活の制限される悲しみや様々な感情を歌に詠もうとする気概が素晴らしいですね。コロナの短歌をご紹介します。

これまでの記事一覧は下から
コロナの短歌

朝日歌壇については下の記事
朝日歌壇とは何か知りたい方へ 各新聞短歌投稿方法と宛先まとめ

 

コロナの投稿歌 6月14日の朝日歌壇

6月14日の朝日歌壇の、コロナ関連の題材の短歌から、好きな作品をご紹介します。

外出自粛の様々なシーン

小糠雨ほどの淋しさ漂って自粛の波に歩調を合わす

(敦賀市)小島順一

上句の比喩が新鮮ですね。

斎藤茂吉の「さにづらふ少女をとめごころに酸漿ほほづきの籠こもらふほどの悲しみを見し」を思い出します。

 

 娘が朝に化粧してたらオンライン研究室会議(ラボミーティング)の日だなとわかる

(鎌倉市)半場保子

リモートワークの中には、オンラインの会議もあります。

こちらは顔が映るため、その時に合わせて化粧をしなくてはならず、今日は会議の日だと察しがつくというもの。

それを家族の視点からとらえたというところがおもしろいところです。

 

バッテリーの上がらぬようにマイカーを無為に走らすコロナ禍の春

(千葉市)鈴木一弘

こちらは、外出自粛に伴う車のメンテナンスが必要になったというのです。

何でもない時なら、「どこかへ行く」なのですが、それができないということが「無為に走らす」、それが「コロナ禍の春」という結句。

平坦な表現の裏に寂しさが漂います。

 

コロナ下の生活での人との距離

ハリネズミの夫婦の適度な距離感が外出自粛で乱されている

(岐阜県)箕輪富美子

コロナ下の生活では人との物理的な距離が指導されましたが、それが心理的な面を経て、家族関係にも波及があるという意外な事実が明らかになりました。

永田和宏選者の評は

コロナ禍の生活は、これまで時間をかけて築いてきた夫婦の距離感にも変更を

とのアドバイス。

「コロナ離婚」という新しい言葉も生まれましたが、夫婦間にも適度な距離も必要です。

 

薔薇の香の漂うパークのベンチでも君との距離は六フィート

(アメリカ)東野由佳

1フィートは約30センチなので、6フィートは、2メートル近く。

この「君」が恋人なら、もう少し距離を詰めたいところですね。

 

「傑作選」「スペシャル」あるいは「名場面」再放送とは言わないテレビ

(草加市)永吉謙一

こちらは、テレビ局の外出自粛の一面。

新しい番組が作れないのですが、「再放送」とは決して言わない、おもしろいところが歌になっています。

 

コロナとマスク

マスクはコロナを語る上で外せないアイテムとなりました。

今日立夏マスク二枚と十万円待てど暮らせど手元へは来ず

(埼玉県)小林淳子

「立夏」は5月5日ですが、テレビで盛んに言っているものが手元に来ない。

政治批判というより、なんとなく取り残されたようながっかり感があるのかもしれません。

 

教室の真っ直ぐ強きマスクの眼六十二個が我を見つめる

(出雲市)塩田直也

マスクをした人の眼光の強さは、生徒であっても同じこと。

しかも、年度の初めですので、皆が新しい先生を見つめるわけなのですが、その様子を小説『二十四の瞳』に重ねて表現されています。

 

ひとけなき岸辺にマスクはずすとき河鹿鳴く瀬の風のさやけさ

(仙台市)沼沢修

河鹿というのは「カジカガエル」のこと。

一首はマスクにまつわる静かな爽快感を表します。マスクの不在がかくも快く、歌を生じせしめたという証のような作品。

初句の「ひとけなき」がなんとも良いですね。作者はこれをひらがなで表記しています。

2句は「岸辺にマスク」として句またがり、初句の「ひ」と同じ3句は「は」音で始まります。

句の頭が「はずす」であるので、はずすことがおのずと強調される語順と構成になります。

下の句は、なだらかさと整ったさまが、その時の風景と相まって、マスクを外した後の、心身の平穏を表しているのです。

上句と下句は「とき」でつながっているのですが、これもすばらしい。外したその時に回りの蛙と風が、作者に同化するように鳴いたり吹いたりするさまが、作者の感じたことと一首の感じを強めるのです。




コロナ以外の短歌

ここからは、題材がコロナ以外の短歌で、感銘を受けたものを紹介させていただきます。

今日も好きな短歌がたくさんです。

泥鰌(どぢやう)食ふと汗の出方がちがふんだ農家の母はわれに語りき

(鹿嶋市)加津牟根夫

肉とか魚とかではなくて泥鰌。私の家では普通に食べることがありましたが、作者は昔の質素な農村の生活を伝える母上の言葉を回顧するのでしょう。

 

母の日は朝イチに電話帰省した時にオムレツ作る約束

(富山市)松田わこ

口語的な表現「朝イチに電話」が娘である作者の気持ちを伝えており、うらやましい限りです。

プレゼントは「美味しいオムレツを作ってあげる」という約束、物ではないところもステキです。

関連記事:
母の日に読みたい短歌/母への感謝,献身的な母,子を案じる母,母恋い

 

時計持てぬ受刑者われら溌剌と夜明けを告げる鴉(からす)を愛す

(ひたちなか市)十亀弘史

ここでは時を告げるものは、ニワトリではなくてカラス。

それでも、「溌剌と」というのは、受刑者の心境とは対極のものなのでしょう。

 

いたち奴(め)が三日続けて我が庭のおなじ場所にてくるり振り向く

(愛知県)阿知波かつ

愉快な歌。このイタチも畑に悪さをするのでしょうか。しかし、三日続けてくるとなると、なんとなくかわいくもあり、その親愛感が作歌に結び付くような気がします。

「くるり」の言葉にイタチのすばしっこさ、その仕草も想像できそうです。

 

 日々に見る遠き山脈棚霞み浅間のあたま宙に浮きをり(前橋市)荻原葉月

複雑な眺めなのですが、一首に言い切れるのが素晴らしい。

棚霞(たながすみ)」というのは、棚状に横に筋を入れたように見える霞のこと。

それによって、山の一部が途切れて、浅間山の頭だけが浮いているように見えるという眺めなのです。

 

会いたい人がいるのね、きっと! そんなにもきれいに咲いて牡丹の花は

(神戸市)町田冨美子月

これほどきれいに咲くからには、牡丹の花に心があるに違いないという前提があり、その発想がこの上なく豊かです。

花の美しさが心に響いたとき、花との対話も生まれます。

「擬人化」の技法をさらに広げたような内容が新鮮です。

終わりに

新型コロナの外出自粛と様々な制限も解け始めました。

その不自由な生活によって、こんなにもたくさんの歌が生まれるということが驚きです。

普段の生活とのコントラスト、その明暗を敏感に感じ取る人こそが、これらの作品を作ることができるのですね。

今日も大変勉強になりました。それではまた来週。

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