茂吉一首鑑賞 赤光

赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり 斎藤茂吉「赤光」

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斎藤茂吉「赤光」から主要な代表作の短歌の解説と観賞です。
このページは現代語訳付きの方です。

歌の意味と現代語訳

赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり

【現代語訳】
赤茄子が腐って捨てられていたところを見てから、どれほど歩いたろうとふと思うと、いくらも歩いていないことよ

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【出典】
「赤光」大正元年 2木の実 

【歌の語句】
赤茄子・・・トマトのこと
幾程もなき・・・いくらもない、わずかな

【表現技法】
句切れなし

解釈と鑑賞

茂吉の難解であるゆえにまた興味をそそられる歌でもあり、さまざまな解釈を呼んでいるものの一つ。塚本邦雄は「有名なことにかけては『赤光』中屈指の歌」と書いている。

表しているものは、ごくピンポイントな切り取りで、あるものは、腐った赤茄子、ただそれだけであって、あとは、赤茄子をめぐる作者の時間と空間の推移の意識である。
とてもおもしろい歌。

けだるいような夏の日に、ふと幻想のように過ぎる赤いトマトの残像。果てない歩みにも思える憂愁の中で、その目を引く情景だけが作者をふと現実に還らせ、それによって自らの歩みを振り返ることができる唯一のよすがとして歌の中にあるものがこのトマトである。

しかし、それはみずみずしい美しいトマトではない。形をとどめないまでに腐って崩れたトマト。作者の心をとどめ得るものもまた、そのようなものでしかなかった。作者の心もそのトマトのように倦み疲れていた。

佐太郎他の読みを書いておく。

「幾程もなき歩みなりけり」といっても、表そうとしているものは、何の目的でどこへ行ったという事件的なものではなく、単にしばらく歩いたということであり、そういうのは、「赤茄子の腐れてゐたるところ」を追想の中にふたたび追体験していることになるのである。
この一小景は、作者の行動と不可分のものとして把握されて、個性を持つことになった。晩夏、きびしい光の中に成熟の果ての疲労と哀愁とを湛えている。
その晩夏の象徴として、腐ったトマトのある一小景が浮かんで来る。一首の内容はこの近代的な哀愁の色調にある。
短歌は抒情詩としてすべて心の状態を表すものであるから、ここに何があるというように概念的事柄を詮索することなく、感情そのものを受け取って味わうべきものであるが、この一首でもまたそうである。
―――佐藤佐太郎著『茂吉三十首鑑賞』より抜粋

長塚節は

呆然と何か考えて歩むことすら意識しないような場合があったとして、そうしてしばらく時が経ったと思って、ふと気がついてみると、先刻は赤茄子の腐れていたところにいて、やがてそこを立って来たのであったが、まだいくらも歩いていないのだったと驚いた様子が表れている。…短歌においてたしかに一生面を開いているものである。(長塚節「『赤光』書入れ」)

塚本邦雄は

私は特殊な発想と文体に甚だしく引かれる。残酷な断定と切捨に反発を感じつつ、舌鼓を打つ。

 

次の歌

猫の舌のうすらに紅(あか)き手ざはりのこの悲しさを知りそめにけり

【現代語訳】
猫の薄赤い舌の手ざわりのこの悲しさを初めて知ったのだ

【出典】
「赤光」大正元年 7折々の歌

【歌の語句】
知りそめにけり 知るのあとに「そむ」漢字は「初む」の複合動詞
「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形
けり・・・詠嘆の助動詞 

【表現技法】

「紅き」は本来猫の舌の色を表すが、その形容詞のあとに「手ざわり」がきて、それを修飾するような語順となっている。

解釈と鑑賞

繊細で感覚的な歌。猫の舌によって生じた微細な心の陰りを表現する。
また、その感覚を新しい「悲しみ」と名付けたので、読み手にもそれが伝わる。

またこの歌は、淡い悲しみを知る前と後との時間の経過をも暗に含んでいる。
「紅き手ざわり」について、作者は

一種の心持を原語で表す場合、特にある事象に触れて一種の心持の揺らいだ場合には、その事象と関連して感覚的に表すことがある 「短歌雑論」斎藤茂吉

また、「知りそめにけり」は一つの覚醒を暗示し、「総じて覚醒には歓喜と驚愕と悲嘆とを随伴することが多い」(「作歌四十年」斎藤茂吉)

佐藤佐太郎の解説

視覚と触覚とを一つの混合した経験として、「うすらに紅き」からすぐ「手ざはりの」とつづけている。そして、この驚くべき新鮮な感覚を通して、うらがなしい情調を表白したのが、若々しくもあり、健康でもある。作者自ら「知りそめにけり」は、春の目ざめなどと同様の一つの覚醒を暗示しているという。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

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