死にたまふ母 茂吉一首鑑賞

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる「死にたまふ母」斎藤茂吉「赤光」

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死にたまふ母 斎藤茂吉 代表作 赤光

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる

歌の意味と現代語訳

死の間近に迫った母に添い寝をしていると、静まりかえった夜更け、遠くの田にしんしんと鳴く蛙の声が空に響いて聞こえてくる

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出典

「赤光」死にたまふ母

歌の語句

「死に」は「死ぬ」の名詞化したもの。「しに」で一つの名詞。
参考:死にせれば人は居ぬかなと歎かひて眠り薬を飲みて寝んとす「赤光」
しんしんと・・・あたりがひっそりと静まりかえっている様子
遠田・・・遠くの田んぼ
かはづ・・・蛙の古語
天・・・空
句切れなし

表現技法

表現技法としては、上句にも下句にも関連する「しんしんと」を三句に置くことで、上句と下句が密接につながれるが、その間に、部屋の中から外の空の広い空間への転換がある。

また、意味のそれほどない言葉で意味上の休止を置くことで調べを整え、上下句の意味がそれぞれ際立つことにもなるだろう。

上句は死期の近い母とその静けさ、下句は、生きているものの声の波動、このような生と死の対比と対照性は「のど赤きつばくらめふたつ屋梁(はり)にいて足乳(たらち)ねの母は死にたまふなり」とも共通する。

建物の中から外部空間の移動と同時に、蛙の声は生の側にいる作者の悲傷の慟哭となって夜空に響き渡る。

結句の「聞ゆる」は連体形。終止形は「聞(きこ)ゆ」(文語では送り仮名は「ゆ」)。

なお、品田氏はこの歌の声調にも注目し「「し(に)」「そ(いねの)」「し(んしんと」のサ行の韻、と、下句の「と(おたの)か(わず)」「て(んに)き(こゆる)」のタ行-カ行の反復について説明している。(同)

解釈と鑑賞

時期は晩春の頃であり、「しんしん」は、一般的に夜が更けることに使われる言葉だが、品田悦一「斎藤茂吉 異形の短歌」によると、「死期の迫った母に添い寝する心境はしんしんと身に沁みて」とされているので、特に夜に関係するものではない。

佐藤佐太郎は「作者が母の重病を看るためにその傍に寝ていると、晩春の夜が更けて遠くの田に…」とあるので、夜更けを表す言葉とされている。夜をこの一語で表すとすれば、「夜」「更ける」などの言葉は省略されていることになる。

塚本邦雄は「添い寝のしんしんと」に「そのようなにおひ(薬香と老母の)をかぐ」といっており、ほとんど共感覚的な発想といえようが、やはり夜という時間に特化したものではなく、品田のいうものとも同じだろう。

なお、茂吉の「作家四十年」には、「『しんしん』は、上句にも下句にも関連しているが、作者(茂吉本人)は添い寝の方に余計に関連せしめたかったように思う」とあるので、上記の三者の意見の違いと、作者みずからの言質を合わせて考えると、「しんしんと」に実質的な意味は薄いように思う。

また「しんしん」は茂吉が使ったため、アララギ派内でも、一種の流行となり他の歌詠みにも多用された。

佐藤佐太郎の鑑賞と解釈

「添寝」は「侍寝」と同じだが、「死に近き母」から続くので通俗を脱している。「しんしんと」は、作者慣用の語だが、この歌では上句にも下句にも連続するように受け取れる。詩の言葉はときに散文的合理性から逸脱する場合があるからそれでよいし、そこにかえって深みの出る場合もある。「茂吉秀歌上」作者が母の重病を看とるためにその傍に寝ていると、晩春の夜が更けて遠くの田に啼く蛙の声が天に響いて聞えるところである。一首は静寂の中に鼓動する悲しみのひびきを持っている。それを覆うような厳粛さが全体を支配している。それは「死」に隣接した空気として、当然そうあるべきだが、直接には「天に聞ゆる」という言葉からつたわる感銘である。(佐藤佐太郎 岩波書店「斎藤茂吉選集1」解説)

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