斎藤茂吉

斎藤茂吉 永井ふさ子との相聞歌 歌集未収録作品に見る真情

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こんにちは。まる @marutankaです。

ご存知のように斎藤茂吉は50代になってから知り合った、永井ふさ子という女性と恋人同士になりました。

その出来事に関連して発表された相聞歌については、前の記事に書きましたが、今日は未発表作品を再度まとめてみようと思います。

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短歌の会を通じて茂吉が永井と知り合ったのは、茂吉が50代のとき、永井は未婚、茂吉は妻と別居中のことでした。

茂吉は永井にふさ子にたくさんの恋文を送り、それらは茂吉の文学的資料であると同時に、恋文の傑作とも言われています。

また、茂吉は手紙の中にもたくさんの歌を書き送りました。茂吉の心を生き生きとさせて作歌に向かわせたのは、やはりこの時期の恋愛体験だったとも言われます。

既に歌集に発表された歌から引きます。

 

歌集に発表された歌

まをとめにちかづくごとくくれなゐの梅におも寄せ見らくしよしも

老いらくの人といへども少女(をとめ)さぶる赤きうめのはな豈(あに)飽かめやも

ひとりゐて吾の心をいたはれるをとめと云はば眼を瞠(みは)りなむ

かの草野あはれなりけりをとめごのいぶきのごとく草か萌えなむ

せまり来しかの悲しさも天(あめ)ゆ降る甘露(あまきつゆ)のごと消えか行くらむ

秋みづの清きおもひをはぐくみてひむがしの野を二人し行かな

まをとめと寝覚めのとこに老の身はどとまる術(すべ)のついひに無かりし

(以上『暁光』)

この国にあふちの花の咲くときに心は和ぎぬ君とあひ見て

淡路なる野鳥を過ぎて海のべを南へくだる恋ふるがごとく

自らの命断つほどにワイニンゲル泣かしめし女(をみな)おもへば悲し

春されば落葉の中のひとつ萌(もえ)ただひとりのみ恋(こほ)しくもあるか

(『寒雲』)

このうちに「まをとめと寝覚めのとこに老の身はどとまる術(すべ)のついひに無かりし」というのは、永井ふさ子と一夜を共にしたという意味なのですが、この歌については、茂吉は歌集に入れております。

そしてこれより以下が、歌集には未収録の歌です。

歌集未収録の相聞歌作品

三日月の清き眉根を歎きつつわれに言問ふとはの言問

白玉のにほふ処女(をとめ)をあまのはらいくへのおくにおくぞかなしき

おもかげもこゑもきこえずなぐさもるたどきもしらに日はくれにけり

わがこころいもによるときあめつちもねたむにかあらしうつそみもまた

まぼろしに見えくるきみにうつつなる言かよはずが堪えがてなくに

狼になりてねたましき咽笛(のどぶえ)を噛み切らむとき心和まむ

かくのごとあり経むものかまぢかくにささやくごとしをとめのこゑは

面よせてひとつの息を息つきしかなしき妹がありありと見ゆ

なつかしき吾妹子の声遠くとも吾が耳もとにささやくごとし

真近くに共にしあらばかたみにも口噛みあひて訴ふべきに

恋しさのはげしき夜半は雨雲をい飛びわたりて口吸わましを

一つ身に溶け合ふころの尊いさも現(うつつ)にしあらね現のごとし

西の風なま暖かく日もすがら吹きしくなべにきもをしぞおもふ

股長(ももなが)に臥(こや)せる君が白玉のはだへに触れむ香(かう)の煙(けむ)はや

くちびるの紅(あか)きがなかに入りて行く牛の乳さへあなねたましも

うつつには会うことなけむ手 (た) 抱 (むだ) きてひとつの息に息づきし子や

永井ふさ子の元の歌

このうち「口噛みあひて」の歌は、永井ふさ子の下の2首に対する返歌です。

 

悲しさを訴ふるともやすらひて吾によれとふ君ならなくに

しかすがに君しあはれとおもほさばかなしよ君とよりもこそすれ

 

婚外恋愛ですので、永井はその「悲しさ」を茂吉に訴えたのでしょう。

歌の意味は、「悲しさを訴えたからと言って『私の元へ来い』という君ではないのに」というものです。

しかし二首目は「そうだからといって、あなたがかわいそうだからとおもえば、愛しく思って君に寄るのですよ」と、前の歌の恨み言とも思える部分を翻しています。

揺れ動く自分の微妙な心情、そして男女の機微を表した、この歌だけを見ても見事な作品です。

何よりも優れていると言えるのは、永井のこれらの作品には万葉集歌の下敷きがあると思われ、永井が万葉集をもよく勉強していたことを思わせるのです。

また茂吉の歌のいくらかは、万葉仮名で伝えられましたので、永井は万葉仮名についても多くの知識があったことが伺がえます。

思いを伝える未収緑歌

そして、肝心の茂吉の歌に話を戻しますと、やはり歌集に収められなかった歌は、主情的であり、歌としてはやや劣るものもあるようです。

しかし、迫る思いを歌うという点では、やはりこれらの歌の方が強いところがあります。

茂吉はこれらの歌に関しては、歌として優れているかどうかよりも、思いのままに、そして、永井への文字通りの相聞歌として、書き送ったものであったかもしれません。

二人の恋愛の行く末は悲しいものとなりましたが、それでもこれらの歌の無類の美しさは何度読んでもそこなわれることはないのです。

 

-斎藤茂吉

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