『万葉秀歌』、斎藤茂吉の書いた岩波新書の本で今も刊行されるベストセラー本ですが、それを戦地に赴いたお兄様に送ったという思い出が、朝日新聞の「声」欄に投稿されていました。
『万葉秀歌』は今も続いているロングセラーの万葉集の解説書ですが、どのような内容なのかをご紹介します。
スポンサーリンク
『万葉秀歌』に関する投稿 朝日新聞『声」に
[toc]
朝日新聞の一般投稿を掲載する欄、『声」で「戦地で万葉の女性をしのんだ兄」というタイトルの投稿を拝見しました。
投稿者女性の兄上は、昭和18年戦争で亡くなりましたが、戦地から「斎藤茂吉の著書である『万葉秀歌』を送ってほしいと頼んでこられたそうです。
投稿者は「万葉秀歌」を送り、兄上は戦地で亡くなりましたが、その後投稿者の女性は、戦地からの兄の遺品の中に一冊のノートを見つけました。
投稿の内容を抜粋します。
「戦地で万葉の女性しのんだ兄」
万葉の歌の感想や自作の短歌が連ねられ、「万葉の女流歌人の中で最も慕わしい人は大伯皇女(おおくのひめみこ)。教養の高い優しい愛情豊かな美しい女性」とつづられていました。弟の大津皇子(おおつのみこ)の死を悼む歌などを残した女性です。
荒(すさ)んだ戦場の片隅にありながら万葉集に理想の女性を見つけることが出来て、どんなにか愛(いと)おしく温かい気持ちになったことでしょう。私までほっとする思いでした。うれしくなりました。
投稿者の送られた『万葉秀歌』が戦地での兄上の心を和らげることができた、そのため、兄上を亡くされた悲しみが和らいだご様子は、本当に良かったと思います。
『万葉秀歌』斎藤茂吉著
上の投書に出て来る斎藤茂吉の書いた『万葉秀歌』は第二次世界大戦前の1938年に刊行、岩波書店の新書で今も増刷され続けている名著です。
新書ですので上下2巻ですが場所を取りません。またどこにでも持ち運びができます。
内容はというと、万葉集の歌を一首ずつ取り上げて、それに解説がついているというものですが、一首の歌の解説が、短ければ6行くらいと、解説それ自体が要点をコンパクトにまとめられています。
記されているのは、短歌が350首、旋頭歌が5首。
一種ずつの現代語訳と歴史的な背景を踏まえた解説と歌人の来歴など、それと歌の鑑賞のポイントです。
関連記事:
斎藤茂吉 三時代を生きた「歌聖」
「万葉秀歌」記載の例
額田王の歌の例を挙げます。
君待つと吾恋ひ居れば吾が屋戸やどの簾うごかし秋あきの風かぜ吹ふく 〔巻四・四八八〕 額田王
額田王が近江天皇(天智天皇)をお慕いもうして詠まれたものである。王ははじめ大海人皇子(天武天皇)の許に行かれて十市皇女を生み、のち天智天皇に寵せられたことは既に云ったが、これは近江に行ってから詠まれたものであろう。
一首の意は、あなたをお待ち申して、慕わしく居りますと、私の家の簾を動かして秋の風がおとずれてまいります、というのである。
この歌は、当りまえのことを淡々といっているようであるが、こまやかな情味の籠った不思議な歌である。
額田王は才気もすぐれていたが情感の豊かな女性であっただろう。そこで知らず識らずこういう歌が出来るので、この歌の如きは王の歌の中にあっても才鋒が目立たずして特に優れたものの一つである。(後略)
『万葉秀歌』はベスト&ロングセラー
斎藤茂吉の『万葉秀歌』は短歌の隠れたベストセラーです。
初版は1938年ですので、60年以上版を重ねていることになります。
1968年時点で既に43刷51万部、2008年には100刷に達し、現在では発行部数は百万を超えると思われます。
「万葉秀歌」は「最も広く読まれた」品田悦一氏
斎藤茂吉についても著作があり、今回の改元、新元号令和になるとともに、『万葉集の発明』が増刷になった品田悦一(よしかず)教授は『万葉秀歌』について次のように述べています。
万葉享受の歴史は数々の名著を生み出したが、意義ある書を一点だけ挙げよと言われれば、私はためらわず斎藤茂吉『万葉秀歌(上・下)』を選ぶ。岩波新書発刊と共に世に出た同書は、以来、60年以上に渡って版を重ね続けている。(『万葉集の発明』品田悦一著)
茂吉の詳細な評伝『斎藤茂吉』の方には、
万葉秀歌 岩波書店世に万葉と名のつく書は数知れずあるが、最も広く読まれたのは万葉秀歌に違いない。
1938年11月岩波新書創刊と共に売り出された同書は、ひじょうな好評を博して一ヶ月足らずで増刷の運びとなり、翌39年の3月には早くも第5刷が発行されてこの年の文部省推薦図書にも指定された。(中略)
著者没後半世紀を越えて著作権の切れたのに、なお売れ続けているという、驚異的なロングセラーだ。
万葉集の秀歌を抄出・解説した入門書はそれまで何種類もあったし、その後もあまたの学者・批評家・歌人が類書を世に送り出したけれども、「万葉秀歌」の地位を脅かす書はいまだに現れていない。(『斎藤茂吉』同)
短歌を詠まれる方にも、また鑑賞をしたいという方にも、ぜひおすすめしたい本です。