水すまし流にむかひさかのぼる汝がいきほひよ微かなれども
斎藤茂吉『白き山』から、主要な代表作の短歌の解説と観賞です。
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水すまし流にむかひさかのぼる汝がいきほひよ微かなれども
読み:みずすまし ながれにむかい さかのぼる ながいきおいよ かすかなれども
歌の意味
水すましが川の流れに向かってさかのぼっていく、お前のその勢いよ かすかな力であるが
作者と出典
斎藤茂吉『白き山』「春より夏」
歌の語句
- 水すまし…水面を素早く動き回る昆虫
- 流…一文字で読みは「ながれ」
- 汝…「あなた」「お前」
句切れと表現技法
- 句切れ
- 倒置
鑑賞と解釈
昭和21年から22年の山形県大石田の疎開中に詠まれた歌、「春より夏」の中の一首。
斎藤茂吉が当時の住まいの近くの田の畔で見た風景を詠んだという。(板垣家子夫の談話)
小動物の動きを見て哀惜を詠ったもので、結句の「微かなれども」には、作者の視点が感じられ、広い世界と小動物の対比も暗示されている。
語順に関しては、『小園』にある「灰燼(かいじん)の中(なか)より吾もフェニキスとなりてし飛ばむ小さけれども」が思い出される。
また、「あたらしき時代に老いて生きむとす山に落ちたる栗の如くに」(『白き山』)なども、小動物や植物に自らをなぞらえて詠っている。
佐藤佐太郎の評
「茂吉秀歌」の佐藤佐太郎のこの歌の評は以下の通り
「水すまし」という昆虫は誰でも知っているが、その水上を旋回するさまを讃えて、「汝がいきほひよ」といった。しかし所詮は小動物のはかない行為だから、さらに念をおすように、「微かなれども」といった。この四五句が味わい無尽で、四句だけでも五句だけでも出せない感じをこの下句は持っている。佐藤佐太郎著『茂吉秀歌』
一連の歌
ひとときに春のかがやくみちのくの葉廣柏は見とも飽かめや
水の上にほしいままなる甲蟲のやすらふさまも 心ひきたり
近よりてわれは目守らむ白玉の牡丹の花のその自在心
ながらへてあれば涙のいづるまで最上の川の春ををしまむ
逝く春の朝靄こむる最上川岸べの道を少し歩めり
戒律を守りし尼の命終にあらはれたりしまぼろしあはれ
おしなべて人は知らじな衰ふるわれにせまりて啼くほととぎす
ほがらかに聞こゆるものか夜をなめて二つあひ呼ばふ梟のこゑ
水すまし流にむかひさかのぼる汝がいきほひよ微かなれども
白牡丹つぎつぎひらきにほひしが最後の花がけふ過ぎむとす
--『白き山』-春より夏