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たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花赤く散りゐたりけり/斎藤茂吉『赤光』

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たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花赤く散りゐたりけり

斎藤茂吉『赤光』から主要な代表歌の解説と観賞です。このページは現代語訳付きの方です。

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斎藤茂吉『赤光』案内

『赤光』一覧は >斎藤茂吉『赤光』短歌一覧 現代語訳付き解説と鑑賞 にあります。
「死にたまふ母」の全部の短歌は別ページ「死にたまふ母」全59首の方にあります。

斎藤茂吉その人については

斎藤茂吉 三時代を生きた「歌聖」

をご覧ください。

 

たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花赤く散りゐたりけり

読み:たたかいは しゃんはいにおこり いたりけり ほうせんかあかく ちりいたりけり

現代語訳

戦いは上海に起こっていた。鳳仙花が紅く散っていた

出典

『赤光』大正2年 10 七月二十三日

歌の語句

たたかひ・・・報道された上海の動乱を指す。第二次革命の中国内線。

表現技法

3句切れ。
「居たりけり」が反復されており、「鳳仙花」と「たたかひ」が等価に対照されているように見える。

「ゐる」は「居る」の旧かなづかい平仮名で、表記の重複を避けるため。

 

解釈と鑑賞

意味がよくわからないために以前から評判になった一首。

関連のないものが、終止形で並置されているだけだが、その対照が緊張を醸し出す不思議な歌。

鳳仙花が「赤く散る」ことが、実際には述べられていない戦いのすさまじさを予感させるためだろう。

なお、赤い鳳仙花が散るのではなく、「赤く散る」という語順にも注意を払いたい。

斎藤茂吉『作歌四十年』自註

斎藤茂吉作者本人は、

この一首は、上句と下句」が別々なように出来ているために、「分らぬ歌」の標本として後年に至るまで歌壇材料になったものである。しかしこの一首などは、何でもないもので、読者はただこのまま、文字通りに受け入れてくれればそれでよいのであって、別に寓意も何もあったものではないのであるそしてこの一首はこのままである面白みを蔵しているのである。

佐藤佐太郎の解説

上句と下句と別々のことをいっているが、この独特の形態は、説明を排して状態だけを投げ出すように言って、言葉には説明しがたい感情・空気と言うものを表現しようとしているのである。
夏の日ざかりに紅い鳳仙花の散る情景には、ここにも沈黙と倦怠のこころがあるが、それは「たたかひは上海に起り居たりけり」と言う背景に拠って特殊になっている。一種鬼気せまるような息づまる静かさが感じられる。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

次の歌

ひた走るわが道暗ししんしんと怺へかねたるわが道くらし

現代語訳

一心に走る私の道は暗い。しんしんと堪えかねている私の道は暗い

出典

『赤光』大正2年 12 悲報来

歌の語句

ひた走る・・・「ひた」は動詞や動詞の連用形名詞の上に付いて、いちずに、ひたすら、の意を表す。

表現技法

2句切れ
「わが道暗し」の反復
「しんしんと」は虚語。

解釈と鑑賞

伊藤左千夫逝去の報に長野の島木赤彦を急ぎ訪ねた。

7月30日夜、信濃国上諏訪に居りて、伊藤左千夫先生逝去の悲報に接す。すなはち予は高木村なる島木赤彦宅へ走る。時すでに夜半を過ぎたり

の詞書がある。

左千夫と対立していた茂吉は、『赤光』をもって師の批評を受けたいという願いはかなわなかった。

佐藤佐太郎解説

いても立ってもいられないような、焦燥の気持ちをあらあらしく強く歌っている。こういうひたむきな強烈さは、やはり『赤光』の佳境の特色のひとつである。「わが道暗し」は作者の行く夜半の道であるが、おのずから人間的な感慨が参加しているだろう。歌は、単にせっぱつまったという気持ち以上の混乱をふくんでいる。特に「怺へかねたる」から「わが道くらし」と続けた下句は切実でよい。「しんしんと」の用法も微妙で、「死に近き母に添寝の」の歌と同じように、一首に暈のようなものが添っている。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

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