しづかなる午後の日ざかりを行きし牛坂のなかばを今しあゆめる
斎藤茂吉『あらたま』から主要な代表作の短歌の解説と観賞を記します。
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斎藤茂吉の記事案内
このページは現代語訳付きの方で、語の注解と「茂吉秀歌」から佐藤佐太郎の解釈も併記します。
他にも佐藤佐太郎の「茂吉三十鑑賞」に佐太郎の抽出した『あらたま』の歌の詳しい解説と鑑賞がありますので、併せてご覧ください。
『あらたま』全作品の筆写は斎藤茂吉『あらたま』短歌全作品にあります。
しづかなる午後の日ざかりを行きし牛坂のなかばを今しあゆめる
歌の意味と現代語訳
しづかなる午後の日盛りの坂を行く牛が坂の途中を今歩いている
出典
『あらたま』大正6年 16 停電
歌の語句
しすかなる・・・基本形「しづかなり」の形容動詞
日ざかり・・・太陽が盛んに照りつける時。特に、夏の午後の暑い盛り
俳句の季語「日盛りに蝶の触れ合ふ音すなり 松瀬青々」
なかば・・・半ば 途中
今し・・・「し」は強意の接尾語
表現技法
句切れなし
「牛」の後には主格の格助詞が省略されている
鑑賞と解釈
「停電」と題される一連の中にあり、停止した電車に目をやったときに見えた風景であろう。
日ざしの照りつける、白昼の人気のない坂を牛がゆっくりと登っていく。「半ば」が、牛のゆっくりとした姿を現している。
絵に収められて停止したような一つの景色の切り取り。事物が的確に配置されており、構図の見事な絵を見るかのようだ。
下の作者の自註を見ると、作者がこの歌に満足していたことがわかる。
作者の解説
「坂の半ば」は坂の途中という意味に使った。午後の日盛りを牛が急がずに、牛の本性に従って歩いているところが出ている。この歌も大正6年の歌の中で記念すべき一つであった。(『作歌四十年』斎藤茂吉)
佐太郎の評
挽歌の白昼の息をひそめたような気配を「しづかなる午後の日ざかり」といったのが簡潔でいい。「日ざかり」という俗語の使用も的確だし、「を」という助詞の使用も自然である。「なかば」は「半」で、ゆったりと歩いている牛が坂をのぼりかけていま坂の中途にいるところである。ありのままで不思議に静かな歌である。 「茂吉秀歌」佐藤佐太郎
一連の歌
16 停電
晩夏のひかりしみとほる見附したむきむきに電車停電し居り
しづかなる午後の日ざかりを行きし牛坂のなかばを今しあゆめる
夏の日の照りとほりたる街なかをひと往き来れどしづけさあはれ
午後の陽の照りのしづまり停電の電車は一つ坂うへに見ゆ
停電の街の日でりを行きもどる撒水(みづまき)ぐるまの音のさびしさ