斎藤茂吉

斎藤茂吉の冬の短歌 しんしんと雪ふるなかにたたずめる馬の眼はまたたきにけり,一冬は今ぞ過ぎなむわが側の陶の火鉢に灰たまりたる

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まもなく、冬一番寒い季節が近づいています。
斎藤茂吉の冬の短歌を拾ってみました。鑑賞のハンドブックに、それからご自分でも詠まれるときの参考になさってください。

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斎藤茂吉の代表的な歌集『赤光』の一覧と一首ずつの解説は、斎藤茂吉「赤光」短歌代表作一覧 現代語訳付き解説と鑑賞にあります。
「死にたまふ母」は別ページ「死にたまふ母」全59首の方にあります。

・岩波書店刊の「茂吉秀歌」の抜粋をまとめたものは別記事「茂吉秀歌」をご覧ください。
さらに詳しい佐藤佐太郎による長文の鑑賞は 
斎藤茂吉の短歌の鑑賞と解説(上)「赤光」「あらたま」
斎藤茂吉の短歌の鑑賞と解説(下)[あらたま」「白き山」 にあります。
・解説者の佐藤佐太郎他については佐太郎の茂吉解説をご覧ください。他の歌集についても順次追加していきますので、お待ちください。

斎藤茂吉の冬の短歌

それぞれの歌集から、年代順に並べてあります。下線の引いてある歌は、クリックすると詳細解説がご覧になれます。

『赤光』斎藤茂吉

斎藤茂吉は山形生まれ。寒さも雪も厳しいところですが、東京でも以外に雪を読んだ歌が多い。

「懺悔」は仏教用語で、濁らずに「さんげ」と読みます。

後年の歌から比べると、『赤光』がいかにセンチメントだったかがわかります。

『あらたま』斎藤茂吉

しんしんと雪ふるなかにたたずめる馬の眼はまたたきにけり

電車とまるここは青山三丁目染屋(そめや)の紺に雪ふり消(け)居り 『あらたま』

同じ雪とは言っても、東京における雪は、山形の雪とは違い、降っては消える都会の軽やかな雪のありさまを表します。

以下も『あらたま』より。

あわ雪のながれふる夜のさ夜ふけてつま問ふ君を我は嬉しむ

祝婚に送った歌。「つま問う」とはプロポーズのことでもあるが、ここでは初夜のことも暗示しているのでしょうか。

『あらたま』 「祖母」より

おのづからあらはれ迫る冬山にしぐれの雨の降りにけるかも

ものの行とどまらめやも山峡の杉のたいぼくの寒さのひびき

ここに来てこころいたいたしまなかひに迫れる山に雪つもる見ゆ

おほははのつひの葬り火田の畔(くろ)に蛼(いとど)も鳴かぬ霜夜はふり火 「祖母」『あらたま』

『あらたま』中の大作「祖母」の中の歌。

山形の厳しい寒さと、雪山とが詠まれています。

 

はざまなる杉の大樹(だいじゅ)の下闇にゆふこがらしは葉おとしやまず

時雨ふる冬山かげの湯のけむり香に立ち来りねむりがたしも

初冬の寂しさ。そして、冬ながら、湯どころのいくらかほのぼのとした感じが伝わります。

 

街かげの原にこほれる夜の雪ふみゆく我の咳ひびきけり

こほりたる泥のうへ行くわがあゆみ風のなごりの身にしひびけり

さむざむと寝むとおもへど一しきり夜のくだかけの長啼くを聴く

帰宅する道の風景と冬夜の就寝時の物音。

冬の夜ほど静かであって、無音の闇が迫ります。

 

もの恋(こほ)しく電車を待てり塵あげて吹きとほる風のいたく寒しも

をさなごをこころにもちて帰りくる初冬のちまた夕さりにけり

かわききりたる直土(ひたつち)に氷(ひ)に凝(こご)るひとむら行きををさなごも見よ

『あらたま』後半は、一転して日常身辺の題材が多くなります。

日々の通勤の帰りに詠まれた歌も多くあり、案外気の休まる時間でもあったのでしょう。

『たかはら』斎藤茂吉

雪谿(ゆきだに)にあかき蜻蛉(あきつ)は死にてをりひとつふたつにあらぬ寂しさ たかはら

雪山に死んでいく命へのまなざし。下句がいいです。

『石泉』斎藤茂吉

冬がれてすき透(とほ)る山にくれなゐの酸(すゆ)き木の実は現身も食ふ 石泉

葉を落として枝だけになる冬枯れの山を「すき透る」としています。

『白桃』斎藤茂吉

人いとふ心となりて雪の峡流れて出づる水をむすびつ

いとけなかりし吾を思へばこの世なるものとしもなし雪は降りつつ 白桃

家庭内のトラブルに心を痛めた茂吉が雪山の山形を訪れて詠む歌。

 

北空に夕雲とぢてうつせみの吾にせまりこむ雪か雨かも

雪が「せまりこむ」という独特の言葉に、作者の心境が投影されています。

 

一冬は今ぞ過ぎなむわが側の陶の火鉢に灰たまりたる

春近くになって振り返る長い冬の時間が火鉢の灰に表されています。

 

この一月に棄てられしは牝犬(めいぬ)なりしかば初冬に母の犬の位(くらゐ)ぞ  『のぼり路』

愉快な歌。初冬は1年経って、次の年の冬の頃には。母犬になるだろうという思いつきが独特です。初冬というのも、犬にとっての初めての冬ということなのでしょうか。

『小園』斎藤茂吉

くやしまむ言も絶えたり爐のなかに炎のあそぶ冬のゆふぐれ

山々は白くなりつつまなかひに生けるが如く冬ふかみけり

目のまへに並ぶつららにともし火のさす時心あらたしきごと 『小園』

終戦後の時期の歌ですが、時間が経つにつれて、再生の気持ちが芽生えてくることがわかります。

「あらたしき」は「あたらし」と「あらたし」と二種類の言葉があります。ここでは「新た」の方です。

 

蝋燭を消せば心は氷(ひ)のごとく現身(うつそみ)の計らひをせず

冬寒い夜の空気の中に明りを消せば、自分自身も氷のようになって何も考えることができないという内容です。

『白き山』斎藤茂吉

最上川逆白波(さかしらなみ)のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも

かたむきし冬の光を受けむとす蔵王の山を離れたる雲  『白き山』

一首目は『白き山』の有名な最上川を詠んだ中の代表歌。

しづけさは斯くのごときか冬の夜のわれをめぐれる空気の音す

冬の夜の静寂を表す歌。「空気の音」という音のない音を提示することで、冬夜の静けさが伝わります。

 

終わりに

斎藤茂吉の「冬の歌」、それぞれの歌集から代表的なものを抜いてみました。

いずれも優れた歌ですので、どうぞ繰り返し鑑賞なさってみてください。





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