死にたまふ母

みちのくの母のいのちを一目見ん一目見んとぞただにいそげる「死にたまふ母」斎藤茂吉『赤光』

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みちのくの母のいのちを一目見ん一目見んとぞただにいそげる

「死にたまふ母」斎藤茂吉の代表作短歌について、現代語訳、意味、句切れ、解釈、表現技法、解説と鑑賞のポイントを合わせて記します。

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みちのくの母のいのちを一目見ん一目見んとぞただにいそげる

読み: みちのくの ははのいのちを ひとめみん ひとめみんとぞ ただにいそげる

現代語訳と意味

東北の村に遠く住む母、その母のいのちがあるうちに、一目見よう、一目見ようとただひたすらに急いでいる

作者と出典

斎藤茂吉『赤光』「死にたまふ母 其の一」

語句と文法

・句切れなし

・初版では結句は「いそぐなりけれ」の已然形止め

・「ぞ」は強意

・「いそげる」は連体形

(下に名詞が来る形)なので、本来文末なら「急げり」か「急ぎぬ」だが、初版の已然形から改選版でこのように直された。

初版との違い

初版では、この歌は

「みちのくの母のいのちを一目見ん一目見んとぞいそぐなりける」

だった。(塚本邦雄は「なりけり」と記載)

作者本人が「いそげる」と手直ししたものだが、改選版最終稿で「ただにいそげる」と「脱臭したせいで無味乾燥になった」(品田悦一『異形の短歌』)との読み方がある。

表現技法

「一目見ん一目見ん」は反復(リフレイン)

※下記参照

「いのち」の表記について

「いのち」は、ひらがなで書かれている。

「母の命」との印象の違いについては、漢字よりひらがなの方が、より母への慈しみが感じられると思う。

「見ん」の表記と歌のリズム

「見ん」は旧仮名遣いであれば本来は「見む」なのだが、この歌に限っては、作者が「見ん」と記している。

読みの音声は同じなので、視覚的な「語感」の点からの選択になるのだが、おそらく作者は「見ん…見ん」の反復での弾むようなリズムを強調することで、急ごうとする切迫する気持ちをより強めて表したかったのだろう。

なお、茂吉に限らず、新かなと旧かなはどちらかに統一されるもので、通常は取り混ぜて扱われることはない。

解説と鑑賞

ここから学習者のために、わかりやすく解説・鑑賞をします。

みちのくの母のいのちを一目見ん一目見んとぞただにいそげる

東京に住む作者の元へ、山形県に住む母が危篤であるとの知らせが入ります。

作者と母との関係はというと、作者は子どものころから成績が優秀であったので、中学校の時に、故郷を離れて東京に養子に出されて東京で勉強をしていました。当時は、まだ飛行機がなく、移動手段は電車のみだったので、両親とはめったに会うこともできません。

せめて、母が亡くなってしまう前に、一目母に会いたい。

歌の中の「(母の)いのちを」という言葉は、命ある母、生きている母に会いたいという意味です。

作者斎藤茂吉は精神科の医師でしたので、あらかじめ伝え聞く母の病状から、母の命が長くは続かないことがわかっていたのでしょう。

なので、尚さら「一目見んとぞただにいそげる」という、切迫と焦燥を感じて、旅路を急いだのです。

しかし、運よく、母に会えたとしても、やはりその先には母の死が待っている、その人の死の運命をも、この時の作者は予感しています。

「死にたまふ母」は、そのような作者の深い悲しみと慟哭が表された一連であるのです。

「一目見ん」の反復 品田悦一の見解

「一目見ん」の反復については、品田悦一は単なる反復ではないという。

初版においては「いそぐなりけれ」の已然形露出であったところから、品田は、「今いそいでいる」のではなくて、「そうだった急いでいるのだった」というとらえ直しがあるという。

3句以下が「そうだ、一目見ようとと(私は)ただ急いでいるのだ」と叙述の主体が入ることで、「いったん成立した了解を後続句が覆す」と述べている。(『異形の短歌』より)

改選版「ただにいそげる」においては、単純に「ただ急いでいる」と現在形でとらえてよいだろう。

静と動の対比 塚本邦男の解説

塚本邦雄はこの歌の一つ前、「白ふぢの垂花みれがちればしみじみと今はその実の見えそめしかも」を、「静」の歌として、一転した動きのあるこの「みちのくの母のいのちを一目見ん」について、動と動に挟まれた歌ゆえに「静」として、この歌のダイナミズムを強調するしくみに触れている。

また、「一目見ん一目見ん」に、『赤光』中の「悲報来」の下の歌との共通性をあげる。

ひた走るわが道暗ししんしんと怺へかねたるわが道くらし

塚本が「いささか過剰と思われるまでの」というとおり、作者茂吉は、東京から山形までの都を、ただ母に会いたいがために額に汗をして道中を急ぐ、その行程が「死にたまふ母1」ではつぶさに詠まれている。

死にたまふ母1の一連の歌

ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひにつつしづ心なけれ

白ふぢの垂花(たりはな)ちればしみじみと今はその実の見えそめしかも

みちのくの母のいのちを一目(ひとめ)見ん一目見んとぞただにいそげる

うちひさす都の夜(よる)にともる灯(ひ)のあかきを見つつこころ落ちゐず

ははが目を一目を見んと急ぎたるわが額(ぬか)のへに汗いでにけり

灯(ともし)あかき都をいでてゆく姿かりそめの旅と人見るらんか

たまゆらに眠りしかなや走りたる汽車ぬちにして眠りしかなや

吾妻(あづま)やまに雪かがやけばみちのくの我が母の國に汽車入りにけり

朝さむみ桑の木の葉に霜ふりて母にちかづく汽車走るなり

沼の上にかぎろふ青き光よりわれの愁(うれへ)の来(こ)むと云ふかや

上(かみ)の山(やま)の停車場に下り若くしていまは鰥夫(やもを)のおとうとを見たり





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