斎藤茂吉

斎藤茂吉の鰻の短歌とエピソード「あたたかき鰻を食ひてかへりくる道玄坂に月おし照れり」

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斎藤茂吉は、鰻好きで有名でした。

日記によるとウナギを食べた日は缶詰に至るまですべて記録されており、なんでも生涯に902回鰻を食べたとの記載があるそうです。

短歌にも折々鰻が詠まれた歌があります。斎藤茂吉の鰻の短歌をご紹介します。

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斎藤茂吉と鰻の短歌


斎藤茂吉は、無類の鰻好きとされています。日記にも短歌にも出てくるため、鰻好きな歌人として今に至るまで語り継がれています。

最近では、将棋の棋士の加藤一二三氏が、対極の時は、必ず鰻を食べると伝わっていますが、これはむしろ、対極中は余計なことで頭を煩わせないためだそうですね。

斎藤茂吉の場合はそれとは違い、鰻を食べたら、短歌や執筆はもちろん、「元気が出た」「短冊が書けた」「下痢が治った」と自ら日記にも記しており、読む人を呆れさせるほどです。

単に鰻がおいしいというよりも、鰻店の新規開店に「開帳」や、鰻の「仏」という言葉を使うこともあるくらいで、どこか信仰に近いような、一般的な「滋養強壮に良い」という以上の自己暗示も加わっていたようです。

以下に、斎藤茂吉の鰻の短歌をあげてみます。

・・・

ゆふぐれて机のまへにひとり居りて鰻を食ふは楽しかりけり

歌集「ともしび」より。

仕事を終えて、家族のいる食卓ではなく、書斎の机で一人ゆっくりくつろぎながら、静寂の中で鰻を食べている茂吉の姿が伝わります。

ちなみに、北杜夫によると、茂吉は美味しいものや頂き物は、相手に感謝を示すため「一人で食べた」と書いていました。

 

歌集「ともしび」には他に、下のような鰻の歌があります

夕飯(ゆふいひ)に鰻も食へどゆとりなき一日(ひとひ)一日(ひとひ)は暮れゆきにけり

五月雨(さみだれ)の雨の晴れたる夕まぐれうなぎを食ひに街(まち)にいで来し

ゆふぐれの光に鰻の飯(いひ)はみて病院のことしばしおもへる

この時期、茂吉は、病院が火災で焼失、再建が思うようにいかない日々を送っていました。

その合間に、できるだけ好きな鰻を食べて、心身を保とうとしたように思えます。

斎藤茂吉『ともしび』短歌代表作品 解説ページ一覧

 

あたたかき鰻を食ひてかへりくる道玄坂に月おし照れり

塚本邦雄が「茂吉秀歌」に解説しているのは上の歌。

鰻の歌はたいへんに数が多いのですが、「但し書きも注釈も抜きにして、鑑賞に堪えるのはこれ一首であろう」と塚本は述べています。

おもしろいことに、塚本は「道玄坂」がよくて、これが「道元坂」であったら、この「至妙の対応は生まれなかっただろう」というので、歌人の言葉の感性をうかがわせるコメントとなっています。

 

ひと老いて何のいのりぞ鰻すらあぶら濃すぐと言わむとぞする

もう一つよく引かれる佳、上の最後の歌集「つきかげ」所収の作品。

高齢となって、これまで美味しいと思っていたものが口に合わなくなった哀感が伝わります。

茂吉は「食」に対する関心が高く、味噌汁にしたところで、「朝な朝な味噌汁のこと怒るのも遠世ながらの罪のつながり」と詠むくらい、毎日具を選ぶのにも考えこむほどだったといいますから、対象となる食べ物は変わらずとも、自分のし好の変化には、よほど悲しい思いをしたことでしょう。

わが生はかくのごとけむおのがため納豆買ひて帰るゆふぐれ 斎藤茂吉『つきかげ』

 

これまでに吾に食はれし鰻らは佛となりてかがよふらむか

ユーモラスなのが上の短歌。

何しろ、生涯に900匹あまりの鰻を食べた計算になりますので、自分でもむしろ、鰻塚か何かを作って、供養したいような思いになったのでしょうか。

 

けふ一日ことを励みてこころよく鰻食はむと銀座にぞ来し

茂吉にとっても鰻は、人よりは頻繁には食べていても、無作為にではなく、今でいう「自分へのご褒美」的な意味合いもあったのかもしれません。

個人的には、鰻はそれほど好きではないのですが、滋養強壮はともかくも、季節の食べ物として夏には一度くらいは味わってみたいものだと思います。







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