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死に近き母が額を撫りつつ涙ながれて居たりけるかな「死にたまふ母」斎藤茂吉

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死に近き母が額を撫りつつ涙ながれて居たりけるかな

斎藤茂吉の歌集『赤光』「死にたまふ母」から、現代語訳付き解説と観賞を記します。

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斎藤茂吉の記事案内

『赤光』一覧は 斎藤茂吉『赤光』短歌一覧 現代語訳付き解説と鑑賞 にあります。

「死にたまふ母」の全部の短歌は別ページ「死にたまふ母」全59首の方にあります。

※斎藤茂吉の生涯と代表作短歌は下の記事に時間順に配列しています。

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死に近き母が額を撫りつつ涙ながれて居たりけるかな

現代語での読み:しにちかき ははがひたいを さすりつつ なみだながれて いたりけるかな

出典

『赤光』「死にたまふ母」 其の2 9番目の歌

歌の語句

死に近き…病状が重く亡くなりかけているとの意味

母が額…「が」は「の」と同じ意味。母の額。 顔面の上部の、毛髪の生えぎわから眉のあたりまでのところをいう

撫りつつ…読みは「さすり」。「つつ」は反復。

「居たりけるかな」の品詞分解

動詞「居る」の連用形+助動詞「たり」の連用形+「かな」詠嘆の助動詞

句切れと表現技法

  • 句切れなし




解釈と鑑賞

歌集『赤光』の其の2 9首目の歌。

病の重い母におだまきの花が咲いたと話しかける、そののち、応答のない母の額をさすると、思いがこみ上げてきて、涙が流れた。

その時の、作者自身の姿をそのまま詠んでいる。

本林勝夫の注釈によると

黙って母の額をさすってやりながら、気づくと止めどなく涙で頬を濡らしていたの意。

額や手足をさするのは、重篤な病人によく行うことである。涙流してとの相違に注意。

「死に近き」の初句で始まる歌

初句の「死に近き」で始まる歌は他に、「死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる」 が先行してあるのと、「死に近き母が目に寄りをだまきの花咲きたりといひにけるかな」がある。

品田悦一氏は、その繰り返しには意味があるという。

品田悦一『異形の短歌』の解説

品田の解説によると、

死に近きが繰り返されているのは四季が益々迫ってきたということでしょう。話しかけても反応がないだけでなく、もうこちらの言葉自体が聞こえないらしい。
―品田悦一著『異形の短歌』

また、額をさすったのは、母との接触として

視覚も聴覚も機能しなくなった母と、それでも交流したいと望めば、もはや皮膚の接触に訴える他にではありません。額をさすったのは、つまり文字通り触れ合いを求めたのだと思います。(同)

「つつ」の用法については

「つつ」は継続・反復、「さすりながら」ではなく、「さすりさすりして」の意味であって、何度も何度も執拗にさするのです。母の体温を感じようとするのではないでしょうか。

 

「涙ながれて居たりけるかな」の表現について

「涙流れて居たりけるかな」の下の句の部分については、品田氏は「平凡なようでいてよく読むといびつの表現」。

「死にたまふ母」一連の他の歌にもみられる「話者と主人公とが仲間分離した構図」の独特の表現を指摘している。

塚本邦雄の解説

同じ個所について、塚本邦雄は

「さすりつつ」からら「涙流れて」に移るところなど、散文ならば一言も二言も補足を必要としよう」

として、この部分の「省略」を示唆している。

さすっている間に、作者に感情の高まりの経過同時に、時間の間があるはずだが、短歌なのでそれらは含まれていない。

また、塚本は、品田氏のいう「作者分離」についても着目、

このままなれば「涙流して」と嫁い続けてしまうところだ。自ずから滂沱と涙下るさまは、この茂吉の語法で初めて活写された。

と評価している。

さらに

我にもあらぬ、人には見られたくない涙を。今は母の邊ではばかりもなく流す作者であった

とあるので、「おだまきの花が咲いた」と告げる場面の後の配置される歌だが、上記の解説に、母に添い寝の際の行為であったかもしれないと思わされる。

一連の歌

桑の香の青くただよふ朝明(あさあけ)に堪へがたければ母呼びにけり

死に近き母が目に寄りをだまきの花咲きたりといひにけるかな

春なればひかり流れてうらがなし今は野(ぬ)のべに蟆子(ぶと)も生(あ)れしか

死に近き母が額(ひたひ)を撫(さす)りつつ涙ながれて居たりけるかな

母が目をしまし離(か)れ来て目守(まも)りたりあな悲しもよ蚕(かふこ)のねむり

我が母よ死にたまひゆく我が母よ我(わ)を生まし乳足(ちた)らひし母よ

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