死にたまふ母

酸き湯に身はかなしくも浸りいて空にかがやく光を見たり「死にたまふ母」斎藤茂吉『赤光』

酸き湯に身はかなしくも浸りいて空にかがやく光を見たり

斎藤茂吉の歌集『赤光』「死にたまふ母」から「其の4」の短歌に現代語訳付き解説と観賞を記します。

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斎藤茂吉の記事案内

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※斎藤茂吉の生涯と代表作短歌は下の記事に時間順に配列しています。

 

酸き湯に身はかなしくも浸りいて空にかがやく光を見たり

現代語での読み:すゆきゆに みはかなしくも ひたりいて そらにかがやく ひかりをみたり

作者と出典

斎藤茂吉『赤光』「死にたまふ母」 其の4 4首目の歌

現代語訳

酸性泉の湯に母を葬ったあとの身は浸りながら空に輝く光を見たのであるよ

歌の語句

・酸き湯…「酸っぱい湯」との意味で、酸性泉を差す作者独特の表現。

・浸りいて…「浸る」+「をり」

句切れと表現技法

・句切れなし




解釈と鑑賞

歌集『赤光』「死にたまふ母」の其の4 4首目の歌。

作者茂吉は、母の火葬の後、「若松屋」旅館のある温泉に滞在して帰京した。

その滞在中の様子を詠んだ歌が、「死にたまふ母」の其の4の一連となる。

初版「赤光」

この歌は初版においては

酸の湯に身はすつぽりと浸りいて空にかがやく光を見たり

というものだった。

その前の初版では「山かげの酸つぱき湯こそかなしかりけれ」の句があり、二首に同じ音が繰り返されるのと「すつぽり」の音が目立つためであったと思うが、「酸(すゆ)き」と開削された。

「酸(すゆ)き」「饐ゆ」からの造語で「片言に類」するという塚本邦雄他の指摘がある。

「かなしくも」は、母を葬った後の悲嘆にくれた自分自身への自愛を込めるという意味だろう。

母に抱かれるかのような故郷のお湯、その中で母を尋ねるかのように其の3でも見た空を見上げて、そこに瞬く星があることで心を慰める作者であったと思われる。

蔵王山の場所

一連の歌

かぎろひの春なりければ木の芽みな吹き出づる山べ行きゆくわれよ

ほのかなる通草(あけび)の花の散るやまに啼く山鳩のこゑの寂しさ

山かげに雉子が啼きたり山かげに湧きづる湯こそかなしかりけれ

酸(すゆ)き湯に身はかなしくも浸(ひた)りゐて空にかがやく光を見たり

ふるさとのわぎへの里にかへり来て白ふぢの花ひでて食ひけり

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