死にたまふ母

吾妻やまに雪かがやけばみちのくの我が母の國に汽車入りにけり 斎藤茂吉

吾妻やまに雪かがやけばみちのくの我が母の國に汽車入りにけり 斎藤茂吉の歌集『赤光』「死にたまふ母」から主要な代表歌の現代語訳付き解説と観賞を記します。

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斎藤茂吉の記事案内

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※斎藤茂吉の生涯と代表作短歌は下の記事に時間順に配列しています。

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吾妻やまに雪かがやけばみちのくの我が母の国に汽車入りにけり

読み:あづまやまに ゆきかがやけば みちのくの わがははのくにに きしゃいりにけり

現代語訳

吾妻山に雪が輝いているのが目に入るようになると、東北の、私の母がいる国に汽車が入ったということだ

出典

『赤光』「死にたまふ母」 其の1

歌の語句

  • 吾妻山…福島・山形県境にある山
  • みちのく…東北のこと。母のいるの生家のあったのは山形県
  • 国…故郷山形のこと

「入りにけり」の品詞分解

「入る」+「ぬ」完了の助動詞+「けり」詠嘆の助動詞

句切れと表現技法

  • 句切れなし
  • 「ば」は、接続助詞で順接の確定条件 「・・・ので」と訳す




解釈と鑑賞

歌集『赤光』の中の一首。病が重篤な母の元に向かう「其の1」の8首目。

東京を発つ汽車に乗った作者が、故郷に近い吾妻山を電車から認める場面。

 

鑑賞と解説

母を「一目見ん」と急ぐ作者であったが、ここで初めて、気持ちがやや収まり、母に会う気持ちの重さが芽生えるところが鑑賞のポイントとなる。

汽車の窓になつかしい吾妻山が見えてくる。それまでは、母が生きていることが作者が急ぐ前提にあったが、汽車に乗って心の余裕が初めて芽生えると、母をおもんばかる気持ちが始めて芽生える。

故郷には刻々と近づいており、吾妻山は、それを作者にはっきりと思い知らせるふるさとのシンボルの山であり、「母の国」に母がいるのは確かだが、考えてみると母はあっても、生きているのか死んでいるのかもまだわからない。

「一目見ん」の目的は達せられようとはしているが、病の重篤な状態の母、もしかしたら亡くなっているかもしれない母に会うことは、決して楽しいことではない。

故郷に近づくことも、この場合は、不安な予感を生むだけで喜びとは言えないところに注目して味わいたい。

「雪かがやけば」

「雪かやけば」の「ば」は、「もし何々」の仮定ではなく、順接の確定条件。

「何々だったので」という意味、すなわち、「かがやいたので」「汽車が入った」とするつながりに不適当を感じると述べる評者もいる。

この「・・・ば」も、この作者に多用される特徴的な表現である。

「・・・ば」の用法に異を唱える評者が多いが、この用法が使われるすべてではない。

「ば」の解説

飯塚書店「短歌文法入門」の順接助詞の項には、「・・・ば」の順接条件について、

「用言の已然形に付けて事実を述べる。『・・・すると』『・・・したところ』の意味を表し、後の語句・文には、ある事柄に気づく気持ちを含ませる」

とある。

 

一連の歌

うちひさす都の夜(よる)にともる灯(ひ)のあかきを見つつこころ落ちゐず

ははが目を一目を見んと急ぎたるわが額(ぬか)のへに汗いでにけり

灯(ともし)あかき都をいでてゆく姿かりそめの旅と人見るらんか

たまゆらに眠りしかなや走りたる汽車ぬちにして眠りしかなや

吾妻(あづま)やまに雪かがやけばみちのくの我が母の國に汽車入りにけり

朝さむみ桑の木の葉に霜ふりて母にちかづく汽車走るなり

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