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沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ 斎藤茂吉『小園』代表作

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沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ

斎藤茂吉の短歌を一首ずつ鑑賞、解説しています。

この記事は、『小園』から主要な代表作「沈黙のわれに見よとぞ百房の」の短歌の解説と観賞です。

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沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ

読み:ちんもくの われにみよとぞ ひゃくふさの くろきぶどうに あめふりそそぐ

歌の意味

沈黙の中にある私に見よと言うかのように、百房に及ぶくらいたくさんの黒い葡萄の実りに雨が降りそそいでいる

作者と出典

作者 斎藤茂吉  歌集『小園』岡の上

語句と文法 

・沈黙の・・・本来ならば「われ」に続く形容詞ではないが、ここでは形容詞のように使われている

・「見よとぞ」の「ぞ」は強意

・「百房」・・・「百」は具体的な数ではなく、たくさんの、の意味
例:「百鳥(ももどり」「八百万(やおよろず)など

句切れ

句切れなし

修辞と表現技法

・擬人法 (葡萄が「見よ」)

・「ぞ」の強調

詳しくは以下の解説へ




解説と鑑賞

昭和20年4月からの山形県への疎開中に詠まれた歌で、故郷の田畑に秋の季節の到来を詠んだ「岡の上」と題する一連の中の一首。

塚本邦雄は、「『小園』の中からただ一首を求められれば、多くの人がこの歌を示すだろう」として、『小園』の代表歌の一つとして挙げている。

「沈黙のわれ」の意味

当時の斎藤茂吉は戦争に協力した短歌を書いたということで、その災を逃れるためもあって郷里に疎開しており、「沈黙の」というのは、それについて反論をすることもない、また、文字通りの山形の滞在中の隠れひそむような心境とも思われる。

文法的には「沈黙のわれ」には無理があることを塚本邦男が指摘しているが、斎藤茂吉はあえてこのつなぎ方を取ったと思われる。

葡萄が作者にもたらした感動

作者は、敗戦後の悲しく重苦しい時にあって、雨に濡れる百房の葡萄を見る。

雨に濡れながらも、静かに重々しく実る葡萄が枝から垂れ下がりどこまでも続いて見える、その景色が作者の沈黙を破れと言わんばかりに迫ってくるかのように思われる。

それが葡萄を主体とした、「見よとぞ」の擬人化で、この主観的な上句がなければ、一首は下句だけでは薄い感動に終わったろう。

「百房の葡萄」であるだけに、沈黙するだけではなく、作者の閉じた心を開かせようとする圧倒的な力を持つ眼前の葡萄。

しかし、その葡萄には「冷たい雨が降りそそいでおり、それもまた、作者の重苦しい心境に同化するものとして、この葡萄が描かれている。

この時期の作者が選ぶモチーフには、そのような特殊な属性が加味されて描かれていることに注意したい。

「時雨の雨」「炉の中の炎」「松かぜ」、いずれもが、単なる描写ではなく、作者の主観によって、強い色付けがなされている。

百房の葡萄の「絵画性」

佐藤佐太郎は、「『百房の葡萄』だけでもなにかがある」という言い方をしているが、葡萄は、西洋の古典の絵画にもよく描かれるものであり、作者は絵を見るような、視覚的な効果を狙っているのだと思われる。

さらに「降りそそぐ」には、時間の要素が加味されており、作者の凝視もそこに含まれるだろう。以下佐太郎の評を参照。

佐藤佐太郎の評

百房の黒き葡萄の百とは葡萄畑で見れば大して多い数とも思わないが、作者は盛んなながめとして言っているのだろう。
(葡萄が)いさぎよく秋雨にぬれているのを、いわば壮観で重厚だと感じたのであったろう。

その葡萄が「沈黙のわれに見よとぞ」垂れているとうのは、「見よとぞ」眼を見開け、そういって、作者は眼を凝らして、感動して、葡萄を見ていることを思わせる。

「沈黙」は、戦後の悲哀に耐える作者の態度を代表する形態で、「手帳」の歌に「大土(おほつち)のごとわれはも黙さむ」という句もあるように、意識された「沈黙」であった。

そういう作者が、清浄で重厚な葡萄の房を凝視しているというので、表現されたものには是非善悪はないが、きわめて暗示的な歌である。

画家の描いた静物に対するように、「百房の黒き葡萄」という部分だけにも何かがある。その上「雨ふりそそぐ」という絵画にない「時間」が添っている。

一連の歌

稲を刈る鎌音きけばさやけくも聞こゆるものか朝まだきより

ものなべてしづかならむと山かひの川原の砂に秋の陽のさす

この国の空を飛ぶとき悲しめよ南へむかふ雨夜かりがね

秋晴れの光となりて楽しくも実りに入らむ栗も胡桃も

--『小園』

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-小園

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