火を守りてさ夜ふけぬれば弟は現身のうたかなしく歌ふ
斎藤茂吉の歌集『赤光』「死にたまふ母」から其の3の短歌に現代語訳付き解説と観賞を記します。
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※斎藤茂吉の生涯と代表作短歌は下の記事に時間順に配列しています。
火を守りてさ夜ふけぬれば弟は現身のうたかなしく歌ふ
現代語での読み:ひをもりて さよふけぬれば おとうとは うつしみのうた かなしくうたう
作者と出典
斎藤茂吉『赤光』「死にたまふ母」 其の3 9首目の歌
現代語訳
母を火葬にする火を絶やさないように見守っていて夜が更けると 弟は生きる者の歌を悲しくも歌うのだ
歌の語句
・守りて… 読みは「もりて」 火を守るとは、火が消えたり弱まったりしないように火の番をすること。
・さ夜… さ夜の「さ」は接頭語。漢字だと「小夜」
・ふけぬれば 「ふける+ぬれ(完了の助動詞・已然形)+接続詞ば」
意味は、順接順接条件で「ふけたので」の意味
句切れと表現技法
- 句切れなし
解釈と鑑賞
歌集『赤光』の其の3 9首目の歌。
弟は斎藤茂吉の弟高橋四郎兵衛のこと。斎藤茂吉は兄が2人いる3男で、四郎兵衛は末弟にあたる。
「うつしみの歌」とは
この時歌っていた歌は高橋氏の後日談だと、越後辺りから伝わってきたごく普通の民謡とある。
おそらく、特に悲しい歌、葬儀の歌というのではない歌の文句であったので、歌詞に反映する生きているがゆえの喜怒哀楽を死者と対照して、「うつしみの歌」としたのであろう。
「うつしみ」の意味は、辞書の定義だと「現世に生きている身。現在の身」。
「死にたまふ母」の火葬の状況
作者斎藤茂吉自身の説明によると
火葬場は稲田のあいだの凹処を石垣を以て囲い、棺を薪と藁とで蔽うてそうして焼くのである。火は終夜燃え、世のあけ放つころにすっかり燃えてしまうのである。『作歌四十年』より
とあるが、薪や藁は時間が経つと燃えつきてしまうので、火の様子を見ながら、新しい薪を補充する必要があったのだろう。
この場合は、特に葬儀場に人がいたのではなくて、遺族が火の晩もしたようだ。
なので、少なくても交代で、夜通し火葬に立ち会う必要があったのだろう。
作者の心情
徹夜の長い時間のいくらか手持ち無沙汰な時に、弟が口ずさんだ歌にも、生きているものの情がある。
亡くなった母には無用のものであるという死と死者の意識が、「かなしく」という形容になっている。
なお、初版では、この「かなしく」は倒置され、「うつしみの歌うたうかなしく」が結句となっている。
一連の歌
さ夜ふかく母を葬(はふ)りの火を見ればただ赤くもぞ燃えにけるかも
はふり火を守りこよひは更けにけり今夜(こよひ)の天(てん)のいつくしきかも
火を守(も)りてさ夜ふけぬれば弟は現身(うつしみ)のうたかなしく歌ふ
ひた心目守(まも)らんものかほの赤くのぼるけむりのその煙はや