はふり火を守りこよひは更けにけり今夜(こよひ)の天(てん)のいつくしきかも
斎藤茂吉の歌集『赤光』「死にたまふ母」から主要な代表歌の現代語訳付き解説と観賞を記します。
スポンサーリンク
斎藤茂吉の記事案内
『赤光』一覧は 斎藤茂吉『赤光』短歌一覧 現代語訳付き解説と鑑賞 にあります。
「死にたまふ母」は別ページ「死にたまふ母」全59首の方にあります。
「死にたまふ母」の全部の訳を一度に読むなら 斎藤茂吉 死にたまふ母其の1 からどうぞ。
※斎藤茂吉の生涯と代表作短歌は下の記事に時間順に配列しています。
・・・
はふり火を守りこよひは更けにけり今夜の天のいつくしきかも
読み:ほうりびを まもりこよいは ふけにけり こよいのてんの いつくしきかも
現代語訳
母を焼く火を守りながら今夜は更けてしまったよ。今夜の空の何とおごそかなことだろう
出典
『赤光』 斎藤茂吉 死にたまふ母其の3
歌の語句
- はふり火…読みは「ほうりび」。漢字は「葬り火」。亡くなった母の遺骸を焼く火のこと
- 守り…屋外で火が消えないように見守ること
- 更けにけり…夜が更ける 「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形 「けり」は詠嘆の助動詞で、「だなあ」「だよ」と訳すことが多い
- 天…「てん」 空のこと
- いつくしきかも…「いつくし」という形容詞で、意味は「厳かである」。「かも」は詠嘆
句切れと表現技法
- 3句切れ
解釈と鑑賞
歌集『赤光』「其の3」の中の一首。
病床に付き添っていた母がなくなって、屋外で母の遺体を焼く場面の歌。
歌の背景
遺骸を屋外で焚火のようにして焼いたので、その灯が消えないように、皆で火の番をしながら注意して見守る必要があった。
遺骸を焼くのはほぼ、ひと晩かかったので、長い時間、そうして待っているうちに、夜が更けてしまったという感慨と、その間じゅう、母の亡くなった悲しみに面して居なければならなかった。
「いつくし」は、古語で、「うつくし」と同じで、美しいこと、そして、厳かであることを指す。
悲しみに満ちた目で見る時に、空がそのように作者に映った、その感慨を表す。
また、「空」というありきたりな言葉にせずに、その厳かさを表すのに、こちらも「天」という言葉を用いて、その厳粛な感じ、張り詰めた心のありようを反映させている。
斎藤茂吉の自註
斎藤茂吉はこれを自註で以下のように説明している
火葬場は稲田のあいだの凹処を石垣を以て囲い、棺を薪と藁とで蔽うてそうして焼くのである。火は終夜燃え、世のあけ放つころにすっかり燃えてしまうのである。―斎藤茂吉著『作歌四十年』
一連の歌
星のゐる夜ぞらのもとに赤赤とははそはの母は燃えゆきにけり
さ夜ふかく母を葬(はふ)りの火を見ればただ赤くもぞ燃えにけるかも
はふり火を守りこよひは更けにけり今夜(こよひ)の天(てん)のいつくしきかも
火を守(も)りてさ夜ふけぬれば弟は現身(うつしみ)のうたかなしく歌ふ
ひた心目守(まも)らんものかほの赤くのぼるけむりのその煙はや
■斎藤茂吉「死にたまふ母」全短歌作品 に戻る