茂吉短歌全般

関東大震災の短歌 斎藤茂吉と中村憲吉【日めくり短歌】

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9月1日は震災記念日です。

大正12年(1923)の今日9月1日に発生した関東大震災、その死者を追弔し、記念する日です。

きょうの日めくり短歌は、斎藤茂吉の震災を詠んだ短歌をご紹介します。

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大地震の焔に燃ゆるありさまを日々にをののきせむ術なしも

読み:おおないの ほのおにもゆる ありさまを ひびにおののき せんすべなしも

作者:斎藤茂吉

斎藤茂吉の作品と生涯については
斎藤茂吉の作品と生涯斎藤茂吉の作品と生涯 特徴や作風「写生と実相観入」

ミュンヘンに留学中だった斎藤茂吉

斎藤茂吉は、当時海外に医学留学中で、関東大震災が起きた時には、ミュンヘンにいました。

そこで、新聞によって大地震が起こったことを知ったのですが、当時の新聞を元に詠んだ歌が、上の火災を伝える歌、そして、下のようなものです。

東京の滅びたらむとおもはえば部屋に立ちつつ何をか為さむ

わが親も妻子も子らも過ぎしと心に思へ涙もいでず

ゾルフ大使の無事を報ぜるかたはらに死者五十万余と註せる

つまり、当時の新聞は、「東京が滅びた」「死者は50万人」と伝えたようです。

2首目「過ぎにし」というのは、東京に住んでいた、養父母と、妻輝子、子どもたちも皆死んでしまったという意味で、そのような思いもよぎったのでしょう。

しかし落ち着いて「死者50万人」として、上のような歌を詠んでいるということは、まだ半信半疑ではあったのでしょう。

日本の新聞を同胞らあひ寄りて息づまり読む地震の事のみ

当時、ドイツに滞在していた人たちが、日本の自信を伝える記事をかわるがわる読んで憂慮している様子がうかがえます。

「家族は無事」との電報

そして、歌友の中村憲吉、この人は当時大阪の新聞社にいたため、東京の様子などをいち早く受け取ったはずです。

そして、「Your famiry safe」「家族は無事」であるとの電報を斎藤茂吉に打ちました。

それを受け取った茂吉が詠んだ歌

体ぢゅうが空になりしごと楽にして途中靴墨とマッチとを買ふ

その知らせが入るまでは、何も手につかなかった斎藤茂吉が、日常と共に落ち着きを取り戻した様子がわかります。

なお、関東大震災の死亡者は、、ミュンヘンの新聞が伝えた50万人ではなく、行方不明者を含めて約10万5千人です。

報道は5倍の数字にして伝えてしまったわけで、茂吉でなくても、現地にいた人は皆驚きおののいたに違いありません。

茂吉に電報を打った中村憲吉も、「夜ふかき声に怯ゆれ国のみやこ焼け亡びつと言のみじかさ」とどこからかの伝聞を得て、「日の本に暗き夜きたり今日をもちて国の都は亡くなりにけり」と詠んだくらいなので、国内の報道も錯綜していました。

少し経ってようやく、大きな被害だが滅亡ではないということが分かったようです。

地震は自分では気をつけようもありませんが、せめて今日は防災グッズの点検なりともしたいと思います。

きょうの日めくり短歌は、斎藤茂吉の関東大震災の短歌をご紹介しました。

それではまた明日!

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