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ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり/斎藤茂吉短歌代表作『白桃』

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「ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり」斎藤茂吉『白桃』から主要な代表歌の解説と観賞です。

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斎藤茂吉とは 日本を代表する歌人

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ただひとつ惜しみて置きし白桃(しらもも)のゆたけきを吾は食ひをはりけり

読み:ただひとつ おしみておきし しらももの ゆたけきをわれは くいおわりけり

現代語訳

たった一つ大切に取っておいた白桃の豊さを私は食べ終わってしまったよ

作者と出典

斎藤茂吉 『白桃』 この歌が歌集の由来となった

歌の語句

・惜しむ…大切にする

・置きし…置く+過去の助動詞「き」の連体形

・白桃……「しらもも」と作者のルビがある

・ゆたけき……「豊か」との意味の形容詞「豊けし」

・食ひをはりけり‥…「をはり」は「終わり」 食べ終わった

・けり…詠嘆の助動詞

「けり」の語法

詠嘆の「けり」それまで気付かずにいたことに初めて気付いた気持ちを表す用法。

その驚きが強いとき、詠嘆の意が生ずる。断定の助動詞「なり」と重ねて、和歌に好んで用いられた。

表現技法

句切れなし

 

解釈と鑑賞

歌集『白桃』も標題を成す一巻を代表する歌。作者茂吉も「因んで本集の名とした」と明記している。

塚本邦雄は「結句で一種の法悦に近い満足感を伝え、読者にもその心理を体験させるほどの特徴のある佳品」といっている。

結句は「うまかったなあ」との語感

同じ句結句について、佐太郎は「『食ひをはりけり』と余韻をおいて、ああうまかったなという気持ちを暗示している」と述べているが、これは結句一つで「食べた」ということを七文字に延ばしている「食い+終わり+けり」の複合動詞と助動詞のもたらす長さによるだろう。

「ゆたけき」は「豊か」との意味の形容詞「豊けし」であるが、それを「豊かさ」の意味の「ゆたけき」と名詞にしている。平仮名を使うのは、漢字よりも桃という果物のイメージにつながるものがあるからだろう。

「しろもも」の読み

他の歌においては、茂吉は子の歌より後の「白桃のおおきなるものわが部屋に並べつつあり清(すが)しといひて」(「寒雲」)においては、「しろもも」と読ませているのだが、この「岡山あたりの名産白桃のことだが」と断っているのをみると、特別な桃と感じていたに違いない。

塚本邦雄はこの読みには反対しているが、茂吉本人は読みの上で、他の産地の桃との差別化をはかりたかったような気がする。

 

斎藤茂吉の自註

この白桃というのは岡山あたりの名産白桃の言だが、シロモモと大和言葉にくだいてみた。ただの些末行為だが、こうして歌になってみると、何か抒情的な暗示があって捨てがたいように思う。(『作家四十年』斎藤茂吉)

佐藤佐太郎『茂吉秀歌』より

以下は佐藤佐太郎の解説。

一個の白桃を食って、「食ひをはりけり」と余韻をおいたのは、ああうまかったなという気持ちを暗示している。「ただひとつ惜しみて置きし」は、ものを惜しむのは作者の性質だから実際であっただろう。

しかし実際だからといって必ずしもすべていう必要があるのでhもない。ここでこう言ったのは、前年の志文内の歌で、「岩魚をみればひとつさへよし」といったのと同じ気持ちである。やはり城も㎡を湛えることになっている。

こういう口福の楽しみはこれも生の一部であるが、あまりなまなましうてはよくない。果肉も甘味も香気もこめて、ただ「ゆたけき」といったのが抒情詩としての力量であり、暗示的な味わいはこれにもとづいている。

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