隣り間に噦して居るをとめごよ汝(な)が父親はそれを聞き居る
作者は斎藤茂吉、第十五歌集『小園』より、代表作の短歌の解説と観賞を記します。
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歌人斎藤茂吉については
斎藤茂吉 三時代を生きた「歌聖」
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隣り間に噦して居るをとめごよ汝が父親はそれを聞き居る
読み:となりまに しゃくりしている おとめごよ ながちちおやは それをききいる
歌の意味
隣の部屋でしゃっくりをしている少女よ お前の父はそれを聞いているよ
作者と出典
作者 斎藤茂吉 歌集『小園』山上漫吟 昭和18年作
語句と文法
- 噦 しやくり…原文の表記は漢字
- をとめご…「おとめ」 少女の意味
- 汝(な)…二人称 年下や子どもを指す
句切れと修辞
- 3句切れ
- 連用止め
解説と鑑賞
歌集『小園』昭和18年作。強羅山荘滞在中の「山上漫吟」の中の一首。
「をとめご」は、塚本の解説だと、姉妹のどちらとも言えないが、佐藤佐太郎は「昌子さんで」と注釈に記している。
しゃっくりは、特に心配すべきものではないが、ふとその音に気が付いた、その瑣末なことへの興味・関心が父親の情であり、「汝が父親」につながる。
事実をそのまま淡々と記載するのみで、家族、肉親の情が控えめだが前面に出ている。
この時、昌子は14歳、滞在中には、他に長男茂太、茂太夫人の美智子、次男の北杜夫、長女百子と昌子が訪れたそうだ。
戦時の折だが、山荘で家族がのびのびと過ごしたとも思われる。
北杜夫によると、茂吉は子煩悩であった。晩年は孫との散歩を日課にしていたらしい。
佐藤佐太郎の評
「をとめご」は当時女学校二三年生だった二女昌子さんで、戦時だから暑中休暇でも勤労奉仕にかりだされることもあった。山荘の隣室にその少女が噦しているのを、父である作者が聞いている。
ただそれだけて、悲しいとも寂しいとも言っていないが、一首には隠然とした悲哀感がこもっている。それは、悲哀をこめて 言葉をつづけたから、その感情が一首ににじむ結果になったのであろう。
娘の行為はなんでもよいが、ここで「噦して居る」といったのがよい。
老若男女を問わなく起こる生理現象である噦を捉えて、最高の愛隣の情を浮き立たさせている。なぜそういうことになるか不思議のようなものだが、これが写生の効用である。
そして「汝が父親」すなわち自分が、「それ」すなわち「噦」を聞いていると、きわめて記述的に言った。そして「聞き居る」のは、つまり思っていることだ、ということを知らせる。
戦争末期に近い子の姿が悲しく描かれているという点に注意してもいい。―佐藤佐太郎『茂吉秀歌』より
一連の歌
わが友とただ二人にてとほりたるほとびし赤土(はに)をおもひつつ居り
鈍痛のごとき内在を感じたるけふの日頃をいかに遣らはむ
--『小園』