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ゆらゆらと朝日子あかくひむがしの海に生まれてゐたりけるかも 斎藤茂吉『あらたま』

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ゆらゆらと朝日子あかくひむがしの海に生まれてゐたりけるかも

ゆらゆらと朝日子あかくひむがしの海に生まれてゐたりけるかも 斎藤茂吉の短歌作品、第二歌集『あらたま』の代表作一首ずつに読みやすい現代語訳を付けました。表現技法や句切れも解説します。

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斎藤茂吉『あらたま』

斎藤茂吉『あらたま』から主要な代表作の短歌の解説と観賞です。

『あらたま』全作品の筆写は斎藤茂吉『あらたま』短歌全作品にあります。

代表作『死にたまふ母』はこちらから
「死にたまふ母」全短歌作品 現代語訳付き解説と鑑賞

 

ゆらゆらと朝日子あかくひむがしの海に生まれてゐたりけるかも

読み:ゆらゆらと あさひこあかく ひんがしの うみにうまれて いたりけるかも

歌の意味と現代語訳

ゆらゆらと朝日が赤く 東の海に生れたように現れたのであったよ

出典

『あらたま』 2 一心敬礼 一連9首目の歌

歌の語句

・ゆらゆらと…擬態語の副詞 意味は現代語と同じ 揺らいでいるさま

・朝日子…朝日のこと。「子」は親しみをこめていう時の接尾語

・ひんがしの…「東の」。語調を整えるために「ん」を入れる。類語に「みんなみ」がある

・生まれて…「現れた」の意味の形容に用いた言葉。以下参照

「ゐたりけるかも」の品詞分解

・「ゐたり」…「いる(居る)」+助動詞「たり」の連用形

・「ける」…「けり」の連用形

・「かも」…詠嘆の助動詞 「…であるよ」「…だなあ」などと訳す

句切れ

句切れなし

表現技法

特になし 以下参照

 

解説と解釈

三浦に旅行中の歌。妻輝子も同行して、実質的な新婚旅行だったとも言われているが、全体は沈潜した深い印象がある。

この歌の前に、「松ばらにふたり目ざめて鳥がなく東土(とうど)の海のあけぼのを見つ」ということなので、海べに上る日の出を妻と眺めた情景である。

日の出の様子を詠う

一首前の歌の「あけぼの」は「夜明け」であるが太陽そのものではなく、続くこの歌は、その上り始める太陽そのもの二を注視、朝日の様子をつぶさに歌に表している。

作者の言い表したかったところは、海の何もなかったところに、「生まれたように」朝日が現れて光を放つ、その変化(へんげ)だろう。

「ゆらゆらと」の擬態語

「ゆらゆらと」の擬態語は、朝日の輪郭が揺れ動く様子で、この語を初句の、一番前に出して置いて、朝日が揺らめくときの印象が強い。

つまり「朝日がゆらゆらと」ではなくて、「ゆらゆらと朝日が」という語順にしている。

「あかし」は「赤し」と「明かし」

続く「あかく」はひらがなであるが、「赤し」だろう。

ただし、「あかし」には「明かし」の言葉、明るいとの意味もある。

ひらがなにすることで、どちらの意味も含んで読むことができるものとなるということは注記しておく。

「ひむがしの」のリズム

「ひむがしの」はこの一語で3句を占め、ここで歌のリズムをゆったりと取っている。

日の出が東なのはある意味当たり前だが、作者がそちらに向いていること、そしてこの語によって、ただの「海」とするよりも、「朝日子」のピンポイントで始まった視界がワイドになる。

「生まれ」たように見える朝日

「生まれて」というのは、実際に生れたわけではなく、「生まれたように見える」という作者の感じ方であり、形容である。下に自註がある。

結句は「ゐたりけるかも」で「生まれた」は4句で終わるため、意味は強くなく、むしろ調べをさらにゆったりと取って、その後、日が海の上に次第に姿を現し、それを作者が見つめる時間の長さともとれる。

斎藤茂吉の解説

これも日の出の歌であるが、『生(うま)れて』といわねばならぬ心境にその頃はあった。これとてもただの洒落ではなかった(『作歌四十年』斎藤茂吉)

塚本邦雄の評

日の出を極度に荘厳して歌うのを茂吉は得意とした。『赤光』「新年の歌」はそれの典型ともいえる。「新年の歌」が多分に神道的であったのに比べ、この度のは本地垂迹(ほんちすいじゃく)仏教めいて、更にものものしい。

「朝日子」ゆえ「生まれて」はごく自然だが、作者はこれも日の出の歌であるが、(中略)「これとてもただの洒落ではなかった」と注する。私には注の意味するところ全く不可解というほかはない。「ただの洒落」となど一体誰が思おう。―「茂吉秀歌」より

一連の歌

2 一心敬礼
海岸の松の木原に著きしかば今日のひと日も暮れにけるかも
潮騒(しほざい)をききてしづかに眠らむと思ひやまねばつひに来にけり
松風が吹きゐたりけり松はらの小道をのぼり童女と行けば
ほのぼのと諸国修行に行くこころ遠松かぜも聞くべかりけり
父母所生(ふもしょじょう)の眼ひらきて一いろの暗きを見たり遠き松風
ともしびの心をほそめて松はらのしづかなる家にまなこつむりぬ
目をとぢて二人さびしくかうかうと行く松風の音をこそ聞け
松ばらにふたり目ざめて鳥がなく東土(とうど)の海のあけぼのを見つ
ゆらゆらと朝日子あかくひむがしの海に生まれてゐたりけるかも
東海の渚に立てば朝日子はわがをとめごの額を照らす
目をひらきてありがたきかなやくれなゐの大日(だいにち)われにちかづきのぼる

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