有島武郎氏なども美女と心中して二つの死体が腐敗してぶらさがりけり
斎藤茂吉の第9歌集『石泉』から主要な代表作の短歌の解説と観賞を記します。
スポンサーリンク
斎藤茂吉の記事案内
このページは現代語訳付きで、斎藤茂吉の各歌集の代表的な短歌の解説を記します。
斎藤茂吉がどんな歌人かは、斎藤茂吉の作品と生涯 特徴や作風「写生と実相観入」 をご覧ください。
代表作である「死にたまふ母」は、以下の記事で
有島武郎氏なども美女と心中して二つの死体が腐敗してぶらさがりけり
読み:ありしまたけおなども びじょとしんじゅうして ふたつのしたいがふはいして ぶらさがりけり
歌の意味と現代語訳
有島武郎なども美しい女性と心中して亡くなり、二つの死体となって腐敗してぶらさがったのだ
歌集 出典
斎藤茂吉『石泉』
修辞・表現技法
句切れなし
字余り
鑑賞と解釈
第9歌集『石泉』より、当時報道された事件に触発されて詠んだ3首のうちの一首。
詞書に「美男美女毎日のごとく心中す」とある。
心中と有島武郎の事件
自然主義の作家有島武郎は、新聞記者であった波多野秋子と恋愛関係になったが、秋子は人妻であったため、夫を巻き込んでのトラブルとなり、心中という結末でその生を終えた。
その事件に関して詠まれた歌3首は上を含む下の通り。
心中といふ甘たるき語を発音するさへいまいまいくなりてわれ老いんとす
有島武郎氏なども美女と心中して二つの死体が腐敗してぶらさがりけり
抱きつきたる死にぎはの交合をおもへばむらむらとなりて吾はぶちのめすべし
新聞などで心中事件の報道を目にするたび、斎藤茂吉の心には、苦いものが浮かんでいたと思われる。
心中にはその死を賛美しないまでも、哀れを誘うところがあり、それを
一つには、精神科医として自殺に否定的であったことが挙げられる。
また、三首目には茂吉独特の想像があり、これには嫉妬に似た感情も含まれているようだ。
男女への嫉ましさ
斎藤茂吉の随筆に『接吻』その他の有名な短文があるが、いずれも二者の行為を傍観、つまり窃視を行った時のことをそのまま記している。
隣り間に男女のかたらふをあな嫉ましと言ひてはならず
結句に否定形「…はならず」として提示されているが、嫉ましさを感じているのにほかならない。
初句の「なども」
初句「有島武郎なども」の「など」は、心中をする他の多くの人たちと有名人である有島を峻別してはいない。
「ぶらさがりけり」というのは、有島武郎が亡くなったのが縊死で、「腐敗」は日にちが経ってから発見されたためである。
「美女と心中して」では、女性を「美女」と賛美しているが、下句の即物性は、自殺の悲惨を描写してあまりある。
有島武郎の遺書
ただし、有島武郎の遺書には、下のような記述がみられる。
愛の前に死がかくまで無力なものだとはこの瞬間まで思わなかった。おそらく私達の死骸は腐乱して発見されるだろう
有島自身は、この状態を予想し、肯定した上で、場所を選んで自ら亡くなった。
斎藤茂吉の歌は、自殺の悲惨を即物的に描写しているが、有島自らの遺書の文言を取り入れたものだとすれば、この点はもう少し考えてみたいところである。
「石泉」の一連の歌
春さむく痰喘(たんぜん)を病(や)みをりしかど草(くさ)に霜ふり冬ふけむとす
八層(はつそう)の高きに屋上庭園(をくじやうていゑん)ありて黒豹(くろへう)のあゆむを人らたのしむ
心中(しんぢゆう)といふ甘(あま)たるき語(ご)を発音するさへいまいましくなりてわれ老(お)いんとす
合歡(ねむ)の葉に入りがたの日のひかりさしすきとほるこそ常(つね)なかりけれ
おほつぴらに軍服(ぐんぷく)を著て侵入(しんにふ)し来(きた)るものを何(なに)とおもはねばならぬか