斎藤茂吉の短歌では、枕詞が使われたものが多くあります。
『赤光』「あらたま」など初期に多く用いられたのは、「あかねさす」「あしびきの」「ひさかたの」「ははそはの」 「うつせみ」「たらちね」「ぬばたまの 」などです。
斎藤茂吉の枕詞を用いた歌をご紹介します。
スポンサーリンク
斎藤茂吉の短歌の特徴
[toc]
斎藤茂吉の短歌の特徴の一つは、「万葉調」ということです。
万葉集には枕詞をもちいた和歌が多く見られます。
現代では、ほとんど使われなくなった枕詞ですが、畳語と同じように斎藤茂吉は、自らの短歌に枕詞を多く取り入れています。
枕詞の目的
そもそも、枕詞の特徴と目的はどのようなものかというと、下のようにまとめられます。
- 種類が決まっていて、次の語とセットになって用いられる
- 次の語のを引き出す役目がある
- 次の語が出てくるまでのイメージを形作る
- 言葉と言葉の間に間をおいて、引き出す語のイメージを強める
斎藤茂吉が枕詞を自分の短歌にも用いたのは、そのような効果を取り入れるためであったと思われます。
斎藤茂吉の枕詞を用いた短歌
斎藤茂吉の枕詞を用いた短歌を以下のようにまとめます
「あかねさす」の枕詞の歌
「あかねさす」は「日」「昼」を引き出すその前に置かれる枕詞として用いられています。
蚕の部屋に放ちし蛍あかねさす昼なりしかば首すぢあかし
あかねさす昼の光の尊くておたまじゃくしは生れやまずけり
あかねさす朝明けゆゑにひなげしを積みし車に会ひたるならむ
あかねさす日もすがら見れど雌鶏の七面鳥はしづけきものを
あかねさす昼のこほろぎおどろきてかくろひ行くを見むとわがせし
「あしびきの」の枕詞の歌
「あしびきの」は「山」「風」を引き出すその前に置かれる枕詞として用いられています。
「あしびきの」を用いた秀歌はこちら
あしびきの山こがらしの行く寒さ鴉のこゑはいよよ遠しも
他には
あしびきの山の峡(はざま)をゆくみづのをりをり白くたぎちけるかも
はつはつに咲きふふみつつあしびきの暴風にゆるる百日紅の花
あしびきの山こがらしの行く寒さ鴉のこゑはいよよ遠しも「祖母」『あらたま』
「あらたまの」の枕詞の歌
「あらたまの」は「年」を引き出す枕詞ですが、斎藤茂吉の場合は、「あらたま」が歌集のタイトルとなっています。
他に、
うつし身のわが荒魂も一いろに悲しみにつつ潮間(しほかひ)を歩む
というのがありますがもちろん、これは、枕詞としての用法ではありませんで、古語としての使用と言えます。
「うちひさす」の枕詞の歌
「うちひさす」は「都」を引き出すための枕詞で、「死にたまふ母」に一首あります。
うちひさす都の夜(よる)にともる灯(ひ)のあかきを見つつこころ落ちゐず
うちひさす都の夜にともる灯のあかきを見つつこころ落ちゐず『死にたまふ母』
「うつせみの」の枕詞の歌
「うつせみ」を用いた歌はかなりたくさんありますが、枕詞ではないものがほとんどです
代表歌は
うつせみの吾が居たりけり雪つもるあがたのまほら冬のはての日
秀歌としては
うつせみのわが息息(そくそく)を見むものは窗にのぼれる蟷螂ひとつ
他にも
うつせみの願をもてば息づきて山の谿底に下りきたりける
うつせみの吾(あ)がなかにあるくるしみは白(しら)しげとなりてあらはるるなり
うつせみの人のにほひも絶えはてて日もすがらなる霧にくらみぬ
「たらちね(垂乳根)の」の枕詞の歌
「たらちね」は、「死にたまふ母」と、その他にも用いた短歌があります。
もっとも有名なのが
のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根(たらちね)の母は死にたまふなり
他にも
海岸にひとりの童子泣きにけりたらちねの母いづくを来らむ
たらちねの母の辺(べ)にゐてくろぐろと熟める桑の実を食ひにけるかな
のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり 「死にたまふ母」
「ぬばたまの」の枕詞の歌
「ぬばたまの」は「黒」や「夜」を引き出すための枕詞で、「黒」の印象を強めています。
斎藤茂吉自身が好んでいた、以下の作品にも使われています。
ぬばたまの夜にならむとするとき向ひの丘に雷ちかづきぬ
他にも
ゆふぐれの海の浅処(あさど)にぬばたまの黒牛疲れて洗はれにけり
とほくとほく行きたるならむ電燈を消せばぬばたまの夜も更けぬる
ぬばたまの夜にならむとするときに向ひの丘に雷ちかづきぬ 斎藤茂吉『ともしび』
「久方の」の枕詞の歌
「久方の」はひらがなで、「空」「天」を引き出すとして、以下の歌に使われています。
ひさかたのしぐれふりくる空さびし土に下りたちて鴉は啼くも
ひさかたの悲天(ひてん)のもとに泣きながらひと恋ひにけりいのちも細く
うつうつと湿り重(おも)たくひさかたの天(あめ)低くして動かざるかも
ひさかたのしぐれふりくる空さびし土に下りたちて鴉は啼くも 『あらたま』斎藤茂吉
「ははそは(柞葉)の」の枕詞の歌
「ははそは(柞葉)の」は「死にたまふ母」後半で、「たらちねの」に続いて使われています。
「たらちねの」と比べて、語感の柔らかい効果があります
星のゐる夜ぞらのもとに赤赤とははそはの母は燃えゆきにけり
山ゆゑに笹竹の子を食ひにけりははそはの母よははそはの母よ
他にも母を回想する歌
ははそはの母をおもへば仮初に生れこしわれと豈(あに)おもはめや
斎藤茂吉には養母の斎藤ひさもおりますが、枕詞を用いて表しているのは、いずれも生母のいくの方です。
以上、枕詞を用いた斎藤茂吉の短歌をまとめました。