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山がひの空つたふ日よあるときは杉の根方まで光さしきぬ 斎藤茂吉

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山がひの空つたふ日よあるときは杉の根方(ねかた)まで光さしきぬ

斎藤茂吉『ともしび』から主要な代表作の短歌の解説と観賞です。

このページは現代語訳付きの方で、語の注解と「茂吉秀歌」から佐藤佐太郎の解釈も併記します。

斎藤茂吉がどんな歌人かは、斎藤茂吉の作品と生涯 特徴や作風「写生と実相観入」 をご覧ください。

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山がひの空つたふ日よあるときは杉の根方(ねかた)まで光さしきぬ

読み:やまがひの そらつたうひよ あるときは すぎのねかたまで ひかりさしきぬ

歌の意味と現代語訳

山谷の空を伝っていく日よ その日の光が時によって谷底の杉の根の辺りに差してきたのだ

歌集 出典

斎藤茂吉『ともしび』 昭和2年作

歌の語句

  • 山がひ…漢字は 「山峡」(やまかい)。との間。谷間
  • 空つたふ…空をつたう・「つたふ」は「物に沿って移動する」こと

修辞・表現技法

  • 二句切れ
  • 主格の格助詞を使わず「よ」の終助詞を用いているのが特徴的である。
  • 「杉の根方まで」の字余りも注目。以下に解説。

 

解説と鑑賞

昭和2年作。「信濃行」の中の一首で、斎藤茂吉が秋に信濃に講演に行った時の作。

普段日が当たりにくい谷の深いところにある杉林に、わずかな日光が当たる、その情景への感動が一首の主題である。

佐藤佐太郎は、一本の杉ではなく、「杉むら」であると解説している。

「日よ」の呼びかけ

うっそうと茂る谷間の杉林で、杉の樹は自ら動きようがないが、日の光を切望しているだろう。

そのような、杉の望みに成り代わるように、「日が」ではなく、「日よ」と呼び掛けているようだ。

あからさまではなくても、杉の樹の擬人化があり、作者のその風景への同一化がある。

(参考:実相観入の解説:実相観入とは 斎藤茂吉の短歌理念の解説)

その「日よ」の呼びかけに応えるかのように、三句に「あるときは」が文字通り呼応する。

まるで、呼びかけた時だけ日が照るかのようだが、もちろん、一日の幾らかは日照が望めるところであるのには違いない。

4句の字余り

の「根方」は、杉の根元のことで、その辺りまで日が指すということで、高さがある杉の枝の合間を通った日の光が、地面の深さまで届くことに作者は注目している。

そして、この部分の4句の「杉の根方まで」の字余りは、そのような”長い距離”を1字の余分をもって表している。

短歌では、音読の時間的な長さと余剰が、距離のイメージにそのままつながるのである。

字余りを避けるべき「杉の根方”に”」と「まで」にも、大きな意味の違いがある。

「根方まで」は、この杉の感興においては、十分な日照であり、その享受の喜びをも作者は感じ取っているように思われる

斎藤茂吉自註

斎藤茂吉自註『作家四十年』には前後の歌はあるが、この歌については述べられていない。

佐藤佐太郎の解説

「山がひ」だから日の照る時間は短く、また根方には日はごく短い時間だけさすらしいことも「あるときは」によってわかる。そういう哀れな要素は計算されたものとしてあるのでなく、抜き差しのならない声調のうちにとけこんでいる。

二句を「空つたふ日よ」と息を詰めるようにしていったん切って、三句を「あるときは」と息をぬき、さらに四句を字余りにして「まで」と詠嘆をこめたところなど、この辺りの歌は、この歌に限らず、波動的に沁み込んで来る声調である。―斎藤茂吉の短歌の鑑賞と解説「茂吉秀歌」2つゆじも・ともしび

 

一連の歌

この歌を含む4首の順番は下のようになる。

湯のいづるはざまの家にふりさけし五つの山は皆はれにけり

ひたひより汗はにじみてしばしだに山を歩むはたのしかりけれ

はざまより空にひびかふ日すがらにわれは寂しゑ鳴沢のおと

昼しぐれの音も寂しきことありて日ましに山は赤くなるべし

 

佐藤佐太郎の解説

茂りあってうす暗いような杉林だが、光線の角度によってときに日射しがもれてくることがある。

この歌は「杉の根方まで光さしきぬ」が見ているところで、自然の不思議なような哀れなような顕現が心に沁み徹るといった状景である。いわば東洋的といってもいい観相だが、(中略)単に東洋的といってしまわれない新しさと切実さとがある。

「山がひ」だから日の照る時間は短く、また根方には日はごく短い時間だけさすらしいことも「あるときは」によってわかる。そういう哀れな要素は計算されたものとしてあるのでなく、抜き差しのならない声調のうちにとけこんでいる。

二句を「空つたふ日よ」と息を詰めるようにしていったん切って、三句を「あるときは」と息をぬき、さらに四句を字余りにして「まで」と詠嘆をこめたところなど、この辺りの歌は、この歌に限らず、波動的に沁み込んで来る声調である。

「茂吉秀歌」佐藤佐太郎

 

一連の歌

はざまより空にひびかふ日すがらにわれは寂しゑ鳴沢のおと

昼しぐれの音も寂しきことありて日ましに山は赤くなるべし

谷あひの杉むら照らす秋の日はかの川しもに落ちゆくらむか

くらがりをいでたる谷の細川は日向のところを流れ居りにき

山がひの空つたふ日よある時は杉の根方まで光さしきぬ

とどろける谿のみなかみにあはれなる砂川みむと常におもはず

石原の湧きいでし湯に鯉飼へり小さき鯉はここに育たむ

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-ともしび

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