死にたまふ母

山いづる太陽光を拝みたりをだまきの花咲きつづきたり 「死にたまふ母」

山いづる太陽光を拝みたりをだまきの花咲きつづきたり

斎藤茂吉の代表作短歌集『赤光』の有名な連作、「死にたまふ母」の歌の現代語訳と解説、観賞を記します。

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斎藤茂吉の記事案内

『赤光』の歌一覧は、斎藤茂吉『赤光』短歌一覧 現代語訳付き解説と鑑賞にあります。

「茂吉秀歌」から佐藤佐太郎の語の注解と解釈も併記します。

他にも佐藤佐太郎の「茂吉三十鑑賞」に佐太郎の抽出した『赤光』の歌の詳しい解説と鑑賞があります。

※斎藤茂吉の生涯と、折々の代表作短歌は下の記事に時間順に配列していますので、合わせてご覧ください。

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山いづる太陽光を拝みたりをだまきの花咲きつづきたり

現代語での読み:やまいずる たいようこうを おがみたり おだまきのはな さきつづけたり

歌の意味と現代語訳

山から上る太陽の光を拝んだ オダマキの花は咲き続けていた

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斎藤茂吉「死にたまふ母」全短歌作品 現代語訳付き解説と鑑賞

歌の語句

  • オダマキ…山に咲く野草の一つ。初夏から夏にかけて多く紫の花が、下を向いて咲く
  • 太陽光…太陽の光のこと
  • 咲きつづきたり…時間的な事ではなく、列をなして咲いているということか

句切れと修辞・表現技法

  • 3句切れ
  • 反復

解釈と鑑賞

母の傍に添い寝をして夜を明かしたのち、朝になって目を覚ました作者は、太陽の光を拝む。

これは、実際に、斎藤茂吉の母が、素朴な信仰を持っていて、毎朝太陽を見て手を合わせていたということを真似たのだろう。

生家にあって母の仕草をおのずと思い出し、太陽に向かうと庭には点々とオダマキの花が咲いているのが見える。

塚本邦雄によると

背戸の畑へ往く道か、前栽を囲う垣根の下二か、この家の苧環は年々あちらに三株、こちらに五株と小群落をつくっていたのだろう。

 

「咲きつづけたり」は、花が続いていることを指すようだが、容態の改善するはずもない母の重篤な状態もまた続いていたのであった。

オダマキの花は、斎藤茂吉が幼いころから親しんだとみえて、歌にもたびたび登場する植物の一つ。

さらに、この後で、「死に近き母が目に寄りをだまきの花咲たりといひにけるかな」があるので、母の好みの花でもあったのだろう。

塚本邦雄は、作者の祈る行為とおだまきの関連に

朝日を拝むという素朴な習慣も東京に出て以来久しく忘れていた。母は五十九年の来し方、病に倒れるまでただの一朝も欠かしたことがなかった。この朝朝の礼拝は果たせぬ母に代わってのもの、否母を救わせたまえ、叶わぬまでも安らかに眠らしめたまえと祈ったのだ。紫潤む苧環こそ、その切々たる連祷への供花として咲き出たのだ。(『茂吉秀歌』より)

 

この短歌の前後の一連

はるばると薬(くすり)をもちて来(こ)しわれを目守(まも)りたまへりわれは子なれば

寄り添へる吾を目守りて言ひたまふ何かいひたまふわれは子なれば

長押(なげし)なる丹(に)ぬりの槍に塵は見ゆ母の邊(べ)の我が朝目(あさめ)には見ゆ

山いづる太陽光(たいやうくわう)を拝みたりをだまきの花咲きつづきたり

死に近き母に添寝(そひね)のしんしんと遠田(とほだ)のかはづ天に聞ゆる

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