万葉集 斎藤茂吉

柿本人麻呂作の七夕歌 万葉集で斎藤茂吉が考えるもの

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万葉集には、七夕を詠んだ短歌が98首あります。

そのうち前半は柿本人麻呂歌集にあるものです。この歌集には、人麻呂作とそうでないものが混在して収められていますが、その中から、斎藤茂吉が考える人麻呂作の七夕歌として確定できるものをまとめます

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斎藤茂吉が考える人麻呂作の七夕歌

あからひくしきたへの児をしば見れば人妻故に我(あれ)恋いぬべし 1999

意味:
頬の赤い寝良げな織女星を幾度も見ると、人妻なのに私は恋をしそうだ

語釈:
あからひく・・・「赤い色をしている」の意の枕詞。
ここは赤く輝く意味の修飾語。
しきたへの児・・・織女星を指す
「しきたへの」は床・まくらなどの枕詞
ここでは床での様を想像しているとされる。
人妻ゆえに・・・ゆえには、文脈的にはしばしば逆接の意味で用いられる。「~であるのに」

 

天の川安(やす)の渡りに舟浮けて秋立つ待つと妹に告げこそ  2000

意味:
天の川の安の渡し場に船を浮かべて秋が来るのを待っていると妻に告げてほしい

語釈:
安の渡り・・・安ノ川は記紀の神話に見える高天原おn川の名前。中国の七夕伝説が日本の神話と融合した
浮けて・・・浮かべて
〇浮く ( 動カ下二 ) 水面・空中などに浮かばせる。浮かせる。
秋立つ待つ・・・会うべき時期の秋の音ずれるのを心待ちにする
妹に告げこそ・・・妹は織女星 こそは希求の助詞

 

天の川水陰草の秋風になびかふ見れば時は来にけり  2013

意味:
天の川の水影草が秋風になびくのを見ると、その時は来たのだ

語釈:
水陰草・・・水陰に生えている草
秋風・・・原文は「金風」で金は五行説に」よって秋を表したもの
時・・・会うべき時7月7日をいう 7月7日は、この時代では秋であった。

 

我(あ)が待ちし秋萩咲きぬ今だにもにほひに行かな彼方(おちかた)人に  2014

意味:
私が待っていた秋萩が咲いた。今すぐにでも色に染まりに行きたい。向こう岸の人に

語釈:
におふ・・・ここでは色に染まることから色めくことを暗示する

〇にほふ ( 動ハ下二 ) 美しく色づける。
古くは,「に」は「丹」で赤色の意,「ほ」は「秀(ほ)に出ず」などの「秀」でぬきんでる意で用いられた。「におう」は,本来は色彩に関する美しさをいう語。「匂わす」に対する自動詞

行かな・・・「な」は意志を表す用法
彼方人・・・天の川の向う岸にいる織女星をいう

 

万代(よろづよ)に照るべき月も雲隠り苦しきものぞ逢はむと思へど  2025

意味:
千万年も照るはずの月も雲に隠れるように会えずに苦しいものだ 会いたく思うのに

語釈:
雲隠り・・・「万代に照るべき月も雲隠り」まで下二句に続く比喩の序をなす

茂吉がこれらを人麻呂作と考えたのは、他の歌に比べてすぐれた点があるためだと思います。

その点意識してお読みくださると鑑賞が深まるかと思います。

 

柿本人麻呂の経歴

飛鳥時代の歌人。生没年未詳。7世紀後半、持統天皇・文武天皇の両天皇に仕え、官位は低かったが宮廷詩人として活躍したと考えられる。日並皇子、高市皇子の舎人(とねり)ともいう。

「万葉集」に長歌16,短歌63首のほか「人麻呂歌集に出づ」として約370首の歌があるが、人麻呂作ではないものが含まれているものもある。長歌、短歌いずれにもすぐれた歌人として、紀貫之も古今集の仮名序にも取り上げられている。古来歌聖として仰がれている。

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