ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひにつつしづ心なけれ
斎藤茂吉の歌集『赤光』「死にたまふ母」から、現代語訳付き解説と観賞を記します。
この歌は、全編の最初の歌となります。
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※斎藤茂吉の生涯と代表作短歌は下の記事に時間順に配列しています。
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ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひにつつしづ心なけれ
現代語での読み:ひろきはは きにひらめき ひかりつつ かくろひにつつ しずこころなけれ
現代語訳
幅の広い葉が樹にひるがえって光を放ったり、他の葉に隠れたりして、それを見ていると心が落ち着かない
出典
『赤光』「死にたまふ母」 其の一 第一首
歌の語句
- ひろき…「広き」 幅の広い大きな葉という意味
- ひるがえり…表から裏へ、或いはその反対に返ること
- 光つつかくろひにつつ…葉が光にちらちらする様の表現
- しづ心…落ち着いた心
句切れと表現技法
- 句切れなし
- 同音の反復
- 已然形止め この作者に特徴的な用法
解釈と鑑賞
歌集『赤光』の第一首目。
母の状態を気遣いながら帰郷を急ぐ目に、まぶしい5月の光を反射しながら木々の葉が揺れ動くさまを詠った。
この歌が最初なので、この歌と次の歌「白ふぢの垂花ちればしみじみと今はその実の見えそめしかも」の両方は、母のことを指す言葉はまだ何も出てこないので、「死にたまふ母」全編の序章ともいえる。
外の葉になぞらえ、葉が光にちらちらする、その様子そのものが、不安に点滅するような、目くるめくような、母の危篤に呼応する自分の動揺する心を表している。
「つつ」の反復の小刻みな調べが、不安な心情を伝えて効果的である。
植物は、その後の山形県疎開時の『白き山』の歌に、
ひとときに春のかがやくみちのくの葉広柏は見とも飽かめや
がある。参考にあげておく。
塚本邦雄はこの歌にを 「一首切り離してみても、晩春初夏の落ち着かぬ心身を、息づかいあらわな律調で生き生きと通している。―塚本邦雄『茂吉秀歌』」と高く評価している。
「しづ心なけれ」の已然形止めとは
品田悦一は「しづ心なけれ」の結句の止めについて「已然形露出」として、「活用形の已然形を分または句の切れ目に据える語法」として、これを斎藤茂吉に特徴的な使い方であるとして指摘。
「条件句とも終止句ともつかない曖昧さが、居心地の悪い感じや不安感を喚起する(『異形の短歌」より)」と説明している。
一連の歌
ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひにつつしづ心なけれ
白ふぢの垂花(たりはな)ちればしみじみと今はその実の見えそめしかも
みちのくの母のいのちを一目(ひとめ)見ん一目みんとぞただにいそげる
うちひさす都の夜(よる)にともる灯(ひ)のあかきを見つつこころ落ちゐず
ははが目を一目を見んと急ぎたるわが額(ぬか)のへに汗いでにけり