「死にたまふ母」の「たまふ」は尊敬語と言われる敬語です。 斎藤茂吉の「死にたまふ母」と与謝野晶子の「君しにたまふことなかれ」の訳の比較、「死にゆきたまふ」についての各歌人の解説をあげます。 スポンサー">

死にたまふ母

「死にたまふ母」の敬語の意味と訳 「死にたまふなり」「死にゆきたまふ」の用法

「死にたまふ母」の「たまふ」は尊敬語と言われる敬語です。

斎藤茂吉の「死にたまふ母」と与謝野晶子の「君しにたまふことなかれ」の訳の比較、「死にゆきたまふ」についての各歌人の解説をあげます。

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「死にたまふ母」の訳

斎藤茂吉の歌集 『赤光』の章のタイトル「死にたまふ母」の「たまふ」は尊敬語と言われる敬語です。

訳する際には、「亡くなられた」が適当です

「死にたまふ」を含む「死にたまふ母」の短歌の訳

以下に「死にたまふ母」より「「死にたまふ」を含む短歌の訳をまとめておきます。

我が母よ死にたまひゆく我が母よ我(わ)を生まし乳足(ちた)らひし母よ

訳:お母さん、今亡くなられようとしているお母さん、私を生んでくださったお母さんよ

※この歌の解説:
我が母よ死にたまひゆく我が母よ我を生まし乳足らひし母よ 死にたまふ母

 

のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根(たらちね)の母は死にたまふなり

訳:のどの赤い二羽の燕(つばめ)が梁にとまっていて、母は亡くなられてしまった

※この歌の解説:
のど赤き玄鳥のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり/斎藤茂吉

 

与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」の訳

与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」の訳は、「君よ、死なないでください」が適当です。

「君」という呼びかけ自体が、目上の人に対する敬称です。

「ください」をつけて、「君」を含めてさらに、全体として弟を敬う表現となります。

 

「たまふ」の辞書の意味

「たまふ」は古語で用いる旧仮名遣いで、現代語なら新仮名遣いの「たまう」です。

「たまふ」の辞書での意味は、以下の通り4つあります。

(補助動詞)動詞・助動詞の連用形に付く。
㋐その動作主が恩恵を与えてくださる意を表す。
その動作主を尊敬する意を表す。お…になる。お…なさる。
㋒尊敬の助動詞「す」「さす」に付いて「せ(させ)たまふ」の形で、程度の強い尊敬の意を表す。
㋓同輩以下の者に対し、親しみをこめたりやわらかに命令したりするのに用いる。

そのうち「死にたまふ母」は、上の2番目にあたります。

 

「死にたまふ」の敬語について

万葉集の研究者で斎藤茂吉についての著書がある品田悦一氏と、歌人の塚本邦雄の評を読んで、「死にたまふ」について分かったことをまとめます。

「死にたまふ」の母への畏敬

「死にたまふ」の語の構成は、動詞「死ぬ」と尊敬語の補助動詞「たまふ」の合わさったものです。

品田悦一教授はこれを、「死にゆく母を畏敬すると同時に、母が死ぬという事態」を直截に述べるとみています。

そもそも、古典和歌の時代には、「死」を詠った短歌はあっても、「死ぬ」という言葉を使った短歌はないそうです。

そのため、この表題が異様な印象を与えるということも、品田悦一教授が解説しています。

「たまふ母」と尊敬語を使うところは、古典和歌に通ずる反面、「死ぬ」と直叙するところはあくまで近代短歌的であり、…(後略)「死にたまふ母」と発話する話者は、この国の詩歌の歴史上、いまだかつてなかった態度で死と向き合っているのです。―品田悦一『異形の短歌』

、・・・

「死にたまひゆく」の文法的誤り

一方、もう一つの歌に含まれる「死にたまひゆく」については、文法的には誤りであることも指摘されています。

「たまふ」は尊敬語であり、「死にゆく」はそれで一つの複合動詞なので、死にゆくを敬語としたいなら、「死にゆきたまふ」となるのが通常だが、作者斎藤茂吉は敢えて「死にたまひゆく」としています。

土屋文明の解説

土屋文明はその点を

「「死にたまひゆく」は、刻々死に近づくという気持ちであろう。「死にゆきたまふ」とすなおに家なったのは、何かもやもやしたものがあって、こういう句法になったのであろうか。そのもやもやはわかるが、語法としては無理がないとは言えまい」

と指摘しています。

塚本邦雄の解説

塚本邦雄は

「『死にゆく』を両断して一方を敬語化するのは、随分破格の措置と言わねばならない」

とやはり誤りを指摘しています。

品田悦一の解説

品田教授はこの点について、

「死にたまふ」なる措辞は、大いなる母性の厳かな消滅を直叙する表現として一体なのだ、と言えるでしょう。逆に言えば、「死にたまふ」の中間に他の語を挿入して「死に-ゆき-たまふ」などとすると、この一体性が損なわれ、単に、一個人の死去を意味する表現に堕してしまう。それを未然に回避しようとしたおことから、「死にたまひゆく」という、語法上は多分に無理な表現が導かれたのではないでしょうか。

との推測を述べています。

解説すると表題「死にたまふ母」の「死に+たまふ」の絶対性を損なわないために、「ゆく」を末尾に配置したというのが、斎藤茂吉の行ったことなのですが、文法的な正否については、個々人の意見が分かれるところとなっています。

以上「死にたまふ母」の敬語部分と、各歌の訳及び、敬語に込められた意味を解説しました。




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