「最上川逆白波の立つまでにふぶくゆふべとなりにけるかも」
斎藤茂吉の短歌作品、歌集『『白き山』』の代表作に読みやすい現代語訳を付けました。語の注解と解説、表現技法や句切れ、解釈や鑑賞のポイントを記します。
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最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも
読み:もがみがわ さかしらなみの たつまでに ふぶくゆうべと なりにけるかも
歌の意味
最上川に白い逆波が立つほど、強い吹雪になってきたのだなあ
作者と出典
斎藤茂吉「白き山」
歌の語句
・最上川……山形県を流れる国内最長の川。
山形県は茂吉の故郷であり、ふるさとの川となる。
・逆白波……逆白波とは、下流から風が強く吹き上げ、そのため最上川の波が吹きあおられて白波がたっている様
作者の造語とされるが、土地の言葉でもある
・なりにけるかも……万葉調の結句で強い詠嘆「だなあ」を表す
品詞分解すると、なり+ぬ+けり+かも
・なり…ラ行四段活用・連用形
・に…完了の助動詞・連用形
・ける…詠嘆の助動詞・連体形
・かも…詠嘆の終助詞
表現技法と文法
・初句の最上川のあとには、助詞の「に」が省略されている
・「までに」は、吹雪の強さ、厳しさを表し、結句の「なりにけるかも」で穏やかな川からの時間的な経過を含ませる
・「逆白波」との特徴ある言葉を目立たせるために、平仮名表記が多用され、結句は「なりにけるかも」と息長く、詠嘆を表す。
※斎藤茂吉の生涯と、折々の代表作短歌は下の記事に時間順に配列しています。
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鑑賞と解釈
「逆白波」小題のある5首の中の一首。
この歌は茂吉の代表作に数えられる。
戦争直後の斎藤茂吉の生活
当時、茂吉は『白桃』にあった、ダンスホール事件で夫人とは別居。
昭和21年から22年は、単身で山形県大石田町知人宅に疎開で滞在していた。
戦時中に戦争に協力する立場で作歌をしたため、戦争犯罪者として追及されることをおそれて、敗戦がわかってからもそのまま滞在を続けていた。
最上川は茂吉の幼少の時から見慣れたふるさとの川であり、最上川とその風景は、孤独な状況の茂吉のこころの癒しとなっていたと思われる。
茂吉の日記とエピソード
昭和二十一年二月十八日の茂吉の日記に 「午後四人ニテ散歩、大吹雪トナリ、橋上行キガタイ様子トナッタ、最上川逆流」 とある、この日の体験から生まれた歌と北杜夫が書いている。
「逆白波」の語の生まれた経緯
茂吉に私淑した板垣家子夫はその著『斎藤茂吉随行記』のなかで、次のように紹介している。
昭和二十一年二月下旬のある激しく吹雪く日の午後、茂吉が疎開先の大石田(北村山郡大石田町)で最上川にかかる橋を弟子の結城哀草果、板垣家子夫らと渡った。
最上川には鳥海山おろしの強い北風が吹きつけ、川面に白波が立っていた。家子夫はこれを見て、何気なく言った。
「先生、今日は最上川に逆波が立ってえんざいっス (おります)」
茂吉はこれを聞くと思わず歩みをとめ、家子夫の腕を引っ張るようにして言った。
「君、今何と言った」
「はあ、今言ったながっす。はいっつぁ最上川さ、逆波立っているつて言ったなだっす」茂吉はにらむようにして、強く言った。
「君はそれだからいけない。君には言葉を大切にしろと今まで何度も語ったはずだ。君はどうも無造作過ぎる。そうした境地の逆波という言葉は君だけのものだ.....大切な言葉はしまっておいて、決して人に語るべきものではないす」(以下略)-板垣家子夫著『斎藤茂吉随行記』
この「逆波」の言葉から、「逆白波」という言葉を考えついたのではないかという説が有力となっている。
この歌の眼目は「逆白波」という言葉にあり、山形の自然の厳粛な厳しさを際立たせるために、一首は余計な言葉を省き、息長くゆったりと詠まれている。
佐藤佐太郎の評
降雪の歌で、吹雪が最上川に白い逆波を立てて暮れてゆくところ。歌は蒼古で新鮮な万葉調で、単純に線が太い。
「逆白波」という造語がいいが、一首の味わいは、この語によって簡潔のうちに豊富になっている。
表現は力を注ぐことによって争われない新鮮さが付着する。
流れに逆らって立つ波を逆波というのは普通のことだが、作者に既に「東風ふきつのりつつ今日一日最上川に白い逆波立つも」(昭和3年)という歌がある。また杜甫に「逆素波」という語がある。
「けるかも」は万葉調の典型と言ってもいいが、この作者といえども、しばしばは用いていない。それは万葉集との時代の隔たりがいよいよ遠くなったためだが、しかし、この歌のように力量と用意があれば生かすこともできる。
一連の歌
かりがねも既にわたらずあまの原かぎりも知らに雪ふりみだる
この春に生れいでたるわが孫よはしけやしはしけやし未だ見ねども
最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも
きさらぎにならば鶫も来むといふ桑の木はらに雪はつもりぬ
人皆のなげく時代に生きのこりわが眉の毛もしろくなりにき