ははが目を一目を見んと急ぎたるわが額(ぬか)のへに汗いでにけり
斎藤茂吉の歌集『赤光』「死にたまふ母」から主要な代表歌の現代語訳付き解説と観賞を記します。
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ははが目を一目を見んと急ぎたるわが額(ぬか)のへに汗いでにけり
読み:ははがめを ひとめをみんといそぎたる わがぬかのえに あせいでにけり
現代語訳
母の生きているときの顔を一目見ようと急ぐわたしの額に汗が浮かび出ていたのであったよ
出典
『赤光』「死にたまふ母」
歌の語句
- ははが目…「目」は辞書によると「見る対象である顔。姿」を指す
- 一目を見んと…「一目見ようと」
- 額…ひたいのこと
- へ…読みは「え」。…のあたり。…の辺
「出でにけり」品詞分解
動詞出づ+ぬ(完了の助動詞の連用形)+けり(詠嘆の助動詞)
修辞と表現技法
- 「目」の古語の使用
- 上句のマ行音の連続 (以下に解説)
解釈と鑑賞
歌集『赤光』の中の一首。母の住む故郷へ着くまでの道中の心境を詠む「其の1」の5首目に配置されている。
一連の3首目には「みちのくの母のいのちを一目見ん一目みんとぞただにいそげる」があり、「一目見ん」が共通していることから、3首目との関連が強いことが見て取れる。
「みちのくの母のいのちを一目見ん一目みんとぞただにいそげる」と比較すると、「一目を見んと急ぎたるわが額のへに汗いでにけり」は、時間順に構成されている中の経過的な一首となる。
この歌の解説は
「一目を見んと」の意味
一連の三首目も同様だが、「一目を見る」には、はずっと見るのではない、一目だけでも」という意味合いで、母の病の重篤なことが分かる。
そのための「急ぎ」だということが、「死にたまふ其の一」を理解する際のポイントといえる。
佳歌と地歌
上の歌がポジならば、こちらはネガで、下に品田教授の言うところの地歌であろう。
さらに、最初の歌は「いそげる」の事実とそれに伴う心境が詠まれているが、「一目を見んと急ぎたるわが額のへに汗いでにけり」の方は、急いだ結果自分の身に起きた変化がクローズアップされており、やや客観化された余裕があると言える。
上句のリズム
「一目見ん一目みんとぞ」は反復の手法だが、この歌は、文節レベルの反復はないが、「ははが目を一目を見んと」に、「目を一目」の「め」「め」の反復があり、さらに「みん」に、マ行の「み」が足されている。
よって言葉のリズムが「目を/一目を/見んと」と「2・3・3」と細かく、その後の「急ぎたる(5文字)」の前に、音の上での性急さを実現している。
「わが額のへに汗出でにけり」は、それに対してややゆっくりとしたリズムで余裕があるが、『異形の短歌』ではくどいとの指摘がある。
一連の歌
ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひにつつしづ心なけれ
白ふじの垂花(たりはな)ちればしみじみと今はその実の見えそめしかも
みちのくの母のいのちを一目見ん一目みんとぞただにいそげる
うちひさす都(みやこ)の夜(よる)にともる灯(ひ)のあかきを見つつこころ落ちゐず
ははが目を一目(ひとめ)を見んと急ぎたるわが額(ぬか)のへに汗いでにけり
灯(ともし)あかき都をいでてゆく姿(すがた)かりそめの旅と人見るらんか
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