斎藤茂吉「赤光」短歌一覧 現代語訳付き解説と鑑賞 - 短歌のこと

斎藤茂吉 赤光

斎藤茂吉「赤光」短歌一覧 現代語訳付き解説と鑑賞

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斎藤茂吉「赤光」から主要な代表歌を抜粋し、現代文と注釈と解説をまとめたものです。
各歌をクリックすると、各歌の解説と鑑賞の箇所に飛びます。
「死にたまふ母」は別ページ「死にたまふ母」全59首の方にあります。

・岩波書店刊の「茂吉秀歌」の抜粋をまとめたものは別記事「茂吉秀歌」をご覧ください。さらに詳しい佐藤佐太郎による長文の鑑賞は 斎藤茂吉の短歌の鑑賞と解説(上)「赤光」「あらたま」
斎藤茂吉の短歌の鑑賞と解説(下)[あらたま」「白き山」 にあります。
・解説者の佐藤佐太郎他については佐太郎の茂吉解説をご覧ください。他の歌集についても順次追加していきますので、お待ちください。

月落ちてさ夜ほの暗く未だかも弥勒は出でず虫鳴けるかも
かへり見る谷の紅葉の明(あき)らけく天(あめ)にひびかふ山がはの鳴り
隣室に人は死ねどもひたぶるに箒ぐさの実食ひたかりけり
細みづにながるる砂の片寄りに静まるほどのうれひなりけり
木のもとに梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時たちにけり
おのが身をいとほしみつつ帰り来る夕細道に柿の花落つも
たまたまに手など触れつつ添ひ歩む枳殻垣にほこりたまれり
しろがねの雪ふる山に人かよふ細ほそとして路見ゆるかな
さにづらふ少女ごころに酸漿(ほほづき)の籠らふほどの悲しみを見し
よにも弱き吾なれば忍ばざるべからず雨ふるよ若葉かへるで
赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり
はるばるも来つれこころは杉の樹の紅の油に寄りてなげかふ
みちのくの蔵王のやま腹にけだものと人と生きにけるかも
長鳴くはかの犬族のなが鳴くは遠街にして火は燃えにけり
猫の舌のうすらに紅きてざわりのこの悲しさを知りそめにけり
ほのかなる茗荷の花を目守る時わが思ふ子ははるかなるかも
ものみなの饐ゆるがごとき空恋ひて鳴かねばならぬ蝉のこゑ聞ゆ
けふもまた向ひの岡に人あまた群れゐて人を葬りたるかな
いちめんに唐辛子あかき畑みちに立てる童のまなこ小さし
自殺せる狂者をあかき火に葬りにんげんの世に戦きにけり
けだものは食(たべ)もの恋ひて啼き居たり何(なに)といふやさしさぞこれは
わが目より涙ながれて居たりけり鶴のあたまは悲しきものを
かの岡に瘋癲院のたちたるは邪宗来より悲しかるらむ
遠国へ行かば剃刀のひかりさへ慣れて親しといへば嘆かゆ
神無月空の果てよりきたるとき眼ひらく花はあはれなるかも
いのち死にてかくろひ果つるけだものを悲しみにつつ峡に入りけり
ゆふ日とほく金にひかれば群童は目つむりて斜面をころがりにけり
雪の中に日の落つる見ゆほのぼのと懺悔(さんげ)の心かなしかれども
赤電車にまなこ閉づれば遠国へ流れて去らむこころ湧きたり
にんげんの赤子を負へる子守居りこの子守はも笑はざりけり
ひんがしはあけぼのならむほそほそと口笛吹きて行く童子あり
なげかへばものみな暗しひんがしに出づる星さへあかからなくに
ほのぼのと目を細くして抱かれし子は去りしより幾夜か経たる
ひったりと抱きて悲しもひとならぬ瘋癲学の書のかなしも
わが生れし星を慕ひしくちびるの紅きをんなをあはれみにけり
うれひつつ去にし子ゆゑに藤のはな揺る光りさへ悲しきものを
この心葬り果てんと秀の光る錐を畳にさしにけるかも
ひんがしに星いづる時汝が見なばその目ほのぼのとかなしくあれよ
死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる
我が母よ死にたまひゆく我が母よ我を生まし乳足らひし母よ
のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根の母は死にたまふなり

どんよりと空は曇りて居りしとき二たび空を見ざりけるかも
ダアリヤは黒し笑ひて去りゆける狂人は終にかへり見ずけり
めん鶏ら砂あび居たれひつそりと剃刀研人(かみそりとぎ)は過ぎ行きにけり
たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花赤く散りゐたりけり
ひた赤し煉瓦の塀はひた赤し女刺しし男に物いひ居れば
天そそる山のまほらに夕よどむ光の中に抱きけるかも
鳳仙花城跡に散り散りたまる夕かたまけて忍び来にけり
ひた走るわが道暗ししんしんと怺へかねたるわが道くらし
罌粟はたの向うに湖の光りたる信濃のくにに目ざめけるかも
氷きるをとこの口のたばこの火あかかりければ見て走りたり
ほのぼのとおのれ光りてながれたる蛍を殺すわが道くらし

 

解釈と鑑賞

 

月落ちてさ夜ほの暗く未だかも弥勒は出でず虫鳴けるかも

現代語訳

月が落ちてほの暗い夜だが、まだ仏の姿は見えないで、虫だけが鳴いているのだなあ

出典
「赤光」5虫 明治40年

歌の語句
三句のかもは疑問の「か」と「助詞」も
結句の「かも」・・・詠嘆の助詞 「だなあ」

表現技法
三句と結句の「かも」で韻を踏んでいる。

解釈と鑑賞

「弥勒は出でず」と反語的に「弥勒」の存在を暗示する想像がある。
「弥勒」は釈迦入滅後56億7千万年にこの世に出現して、一切衆生を済度する菩薩。
救いのないような暗黒の夜から連想が動いて「弥勒は出でず」と言った。

「赤光」という阿弥陀経の言葉の歌集題名は言うに及ばず、幼い頃から仏教に親しんだ茂吉の性向は、折に触れて歌の中に見え隠れし、それが各歌に独特のニュアンスを添えることとなった。

またこの頃の作品には、初期の空想的傾向がみられる。

なお、初期歌稿によると「原作の一二句は『現しき世月読や落ち」となっており、それを「月落ちてさ夜ほの暗く」と左千夫が添削していることがわかる。」(佐藤佐太郎「茂吉秀歌」)

 

かへり見る谷の紅葉の明(あき)らけく天(あめ)にひびかふ山がはの鳴り

現代語訳
振り返って見る谷の紅葉は明るく、山の川の流れる音が谷底から空に向かって鳴り響いている

出典
「赤光」塩原行 明治41年作

歌の語句
かへりみる・・・振り返って見る
明らけし・・・形容詞 明るいの意味
天・・・「てん」と読む場合と、「あめ」の読みとがあるが、ここでは「あめ」と読みがながある。
ひびかふ・・・響く 「ふ」は継続の助動詞

表現技法
倒置法 体言止め

解釈と鑑賞

「山がはの鳴り」は、とどろく川音を名詞にして、簡潔に安定せしめた結句である。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

「天にひびかう」が、谷の深さと山の高さの空間の大きさを暗示する。
また、結句は「山がはの鳴り天にひびかふ」と「天にひびかふ山がはの鳴り」とを読み比べて比較したい。

 

隣室に人は死ねどもひたぶるに箒ぐさの実食ひたかりけり

現代語訳
隣の病室で患者である人が死んだけれども、隣り合わせの部屋にいる私はホウキグサの実が無性に食べたいものだよ

出典
「赤光」分病室

歌の語句
ひたぶるに・・・いちずに。ひたすらに。
箒ぐさ、ホウキグサとは今のコキアのことで、秋になると赤く紅葉する。
実は秋田県でトンブリと呼ばれる食材になる。

解釈と鑑賞

作者が腸チフスで入院した折の歌で、周りが死を案じるほど、一時病状は重かったらしい。

隣の病室にいる人は亡くなったが、作者は回復し、生きる証のように食欲を覚える。生と死の対比が歌の主題。

なお、箒草を見たことがある人は、それが深紅になった様子を思い浮かべることができるだろう。その色もまた命の象徴だろう。

以下、佐藤佐太郎の解説。

「隣室の死と箒ぐさの実との対照そのものが人世(ママ)の深刻な一つのすがたでもあり、そこに感動があって「食ひたかりけり」と詠嘆したのである。(佐藤佐太郎「茂吉秀歌」)

 

細みづにながるる砂の片寄りに静まるほどのうれひなりけり

 

現代語訳
細い水の流れにさえ流されず、流れの端に静かに淀んで残る細かい砂、その位の静かでかすかな憂いがある

出典
赤光」明治43年 2をさな妻

歌の語句
ながるる・・・流れるの連体形

表現技法
一句から四句までが「うれひ」にかかる形容詞句。「うれひなりけり」の述部部分の序歌に似た構成。

解釈と鑑賞

構成が変わっており、感傷的な感じの歌。
同じ家に住みながら、まだ触れることもできないをさな妻への恋慕とつながりがあるのだろう。

 

私の少女に対する「憂い」も所詮この砂の流れの停滞から起こる「うれい」にかようものではなかろうかと思った時、そこに淡い慰謝があった。「自歌一首」 斎藤茂吉

 

細い水の流れがあり、流れに従って細かい砂が動いているが、砂はしばらくすると一方に偏ってそこに停滞する。この小さな停滞の一種もどかしいような状態は、さながら自分のうちにある「うれひ」だという歌である。
一句から四句までは「うれひ」を形容する序のようにも受けとれるが、作者みずからいうように、従来の序歌の形式と違って、現前の状況そのものから触発された情調を表現しているのである。(佐藤佐太郎「茂吉秀歌」)

 

こういう微細な心理の動き、微細な事象の中にある真実の発見は茂吉の天分によっているが、明治四十二年以来、森鴎外の観潮楼歌会に出席したりして、広く文芸芸術の世界に目を開いた結果でもある。あるときは切実に、強烈に、ある時は太く大きく、またあるときは微かに、鋭く、すべて生に即して直接に詠嘆しようとしたので、これが抒情詩としての短歌だという自覚がこのころすでにできていた。(佐藤佐太郎 岩波書店「斎藤茂吉選集1」解説より抜粋)

 

 

木のもとに 梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時たちにけり

 

現代語訳

梅の木の下で、まだ熟しきっていない梅の実を食べたをさな妻が、酸っぱそうな顔をして、はにかんで赤くなるまでに、時が経って妻も成長したのだなあ

出典
「赤光」明治43年 2をさな妻

歌の語句
酸し・・・「す」し 酸っぱい
さにづらふ・・・万葉語
「さにづる」 赤い顔をする 恥ずかしそうなはにかんだ顔をする

表現技法
「酸し」は基本形なので、二句切れ。
「妻」のあとには「の」の主格の助詞が省略されている。

解釈と鑑賞

さまざまに解釈されて話題になった歌。

島木赤彦は「おさな妻が庭前の梅の下陰に若い木の実を食う」として「食めば」の主語は妻であると考えた。
塚本邦雄はそれを否定している。「食めば」の主語は妻ではなく、むしろ作者であるとする。おそらく「酸し」で句切れになるので「酸っぱい妻」とはつながらないためだろう。

現代語訳は便宜上、つなげて書いてみたが、各自考察されたい。

もっとも塚本はそれをはっきりしないまま味わうのが良いとも考えたようである。
なお、この歌は佐藤佐太郎の「茂吉秀歌」には入っていない。

「をさな妻」の出てくる歌は、いずれも独特の哀感と情緒とを持っているものが多い。

小泉千樫当ての作者の手紙にこの歌について書いた箇所がある。

 

梅を食っていた時、その味と周囲の関係から、観念の連合作用によって一種不安の気分になったと思ってくれたまえ。心的運動同様微妙、甚深である。静かに内省してみても、どうしても母から習った言語だけでは一言で表せない場合が多過ぎる位多い。

類歌

さにづらふ少女ごころに酸漿(ほほづき)の籠(こも)らふほどの悲しみを見し
をさな妻をとめとなりて幾百日(いくももか)こよひも最早眠りゐるらむ

 

おのが身をいとほしみつつ帰り来る夕細道に柿の花落つも

 

現代語訳

自分の身をいとおしくいたわりながら歩んで帰ってくる夕方の細い道に柿の花が落ちるよ


出典
「赤光」明治44年 4うめの雨

歌の語句
おのが・・・私の
いとほしむ・・・愛しむ いとおしむ
「も」・・・助詞

表現技法
句切れはない

解釈と鑑賞

青山の自宅から巣鴨病院に通勤している帰途の風景だったのだろう。

「この歌は少し感傷的だが、しかも清く健やかでもある。そして変に切実であって、しかも甘美な情調がただよっている。」(佐藤佐太郎「茂吉秀歌上」)

 

類歌

おのが身しいとほしければかほそ身をあはれがりつつ飯食しにけり
おのが身しいとほしきかなゆふぐれて眼鏡のほこり拭ふなりけり
おのが身はいとほしければ赤かがしも潜みたるなり土の中深く

 

たまたまに手など触れつつ添ひ歩む枳殻(からたち)垣にほこりたまれり

 

現代語訳

たまたま手を触れながら枳殻の垣根に添って歩いてくると、その垣根に埃がたまっていた

出典
「赤光」明治44年 4うめの雨

歌の語句
添い歩む・・・脇に添って歩む

表現技法
句切れなし

解釈と鑑賞

この一連の前半は、「はかなき身も死にがてぬこの心君し知れらば共に行きなむ」「おもひ出も遠き通草(あけび)の悲し花きみに知らえず散りか過ぎなむ」など、感傷的で現実感の薄い歌が多い中で、佐太郎が言うように感情を表す語がなく、事実そのままを歌っている。

その一首前の「常のごと心足らはぬ吾ながらひもじくなりて今かへるなり」も同様日常の瑣事ともいえる。どうも前半のスタイルだけでは飽き足らず、加えた歌のような気もする。
「心足らはぬ」状態を様々に言い表そうとした一連でもあるようだ。

なお、この「ほこり」は後の「死にたまふ母」の「塵」にも似通っており、「ほこり」や「塵」はそこにたまたまあったものではなく、写生の凝視が生み出した素材と考えるべきだろう。

 

その青い枝にほとんど目立たないほこりがついているところに、近代的な憂愁を感じたのである。瑣末を瑣末のままとらえて、実体をありありと表現することによって、切実に感情を表しているのである。「たまたまに手など触れつつ」という一二句によって、枳殻垣のほこりは、現実そのままの気息を持って迫ってくるのである。(佐太郎)

 

しろがねの雪のふる山にも人かよふ細ほそとして路見ゆるかな

 

現代語訳

銀色一色の雪の降る山の中にも人が通る細い細い道が見えるのだ

出典
「赤光」大正元年 2木の実

歌の語句
しろがね・・・銀色
かよふ・・・通う
かな・・・詠嘆の終助詞

表現技法
句切れなし

解釈と鑑賞

睦岡山中のなかの一首。

東北の冬の山を見て作ったものだが、雪が降ってもまだ通う路が見えるという感慨と、雪降る冬の山にも生業のためには人等が通うという感慨とが相交錯していたのであろう。初句に「しろがねの」と老いたのは意味よりもむしろその音調から選ばれている。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

 

「しろがねの雪ふる山」が簡潔でさわやかでいい。「しろがねの」は「雪」の白さを形容したのだが、意味合いよりも音調によって「雪」につづけており、さらに雪の積もっている山を「雪ふる山」とというのが簡潔で自在である。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり

 

現代語訳

赤茄子が腐って捨てられていたところを見てから、どれほど歩いたろうとふと思うと、いくらも歩いていないことよ

出典
「赤光」大正元年 2木の実

歌の語句
赤茄子・・・トマトのこと
幾程もなき・・・いくらもない、わずかな

表現技法
句切れなし

解釈と鑑賞

茂吉の難解であるゆえにまた興味をそそられる歌でもあり、さまざまな解釈を呼んでいるものの一つ。塚本邦雄は「有名なことにかけては『赤光』中屈指の歌」と書いている。

表しているものは、ごくピンポイントな切り取りで、あるものは、腐った赤茄子、ただそれだけであって、あとは、赤茄子をめぐる作者の時間と空間の推移の意識である。
とてもおもしろい歌。

けだるいような夏の日に、ふと幻想のように過ぎる赤いトマトの残像。果てない歩みにも思える憂愁の中で、その目を引く情景だけが作者をふと現実に還らせ、それによって自らの歩みを振り返ることができる唯一のよすがとして歌の中にあるものがこのトマトである。

しかし、それはみずみずしい美しいトマトではない。形をとどめないまでに腐って崩れたトマト。作者の心をとどめ得るものもまた、そのようなものでしかなかった。作者の心もそのトマトのように倦み疲れていた。

佐太郎他の読みを書いておく。

「幾程もなき歩みなりけり」といっても、表そうとしているものは、何の目的でどこへ行ったという事件的なものではなく、単にしばらく歩いたということであり、そういうのは、「赤茄子の腐れてゐたるところ」を追想の中にふたたび追体験していることになるのである。
この一小景は、作者の行動と不可分のものとして把握されて、個性を持つことになった。晩夏、きびしい光の中に成熟の果ての疲労と哀愁とを湛えている。
その晩夏の象徴として、腐ったトマトのある一小景が浮かんで来る。一首の内容はこの近代的な哀愁の色調にある。
短歌は抒情詩としてすべて心の状態を表すものであるから、ここに何があるというように概念的事柄を詮索することなく、感情そのものを受け取って味わうべきものであるが、この一首でもまたそうである。
―――佐藤佐太郎著『茂吉三十首鑑賞』より抜粋

長塚節

呆然と何か考えて歩むことすら意識しないような場合があったとして、そうしてしばらく時が経ったと思って、ふと気がついてみると、先刻は赤茄子の腐れていたところにいて、やがてそこを立って来たのであったが、まだいくらも歩いていないのだったと驚いた様子が表れている。…短歌においてたしかに一生面を開いているものである。(長塚節「『赤光』書入れ」)

塚本邦雄

私は特殊な発想と文体に甚だしく引かれる。残酷な断定と切捨に反発を感じつつ、舌鼓を打つ。

 

猫の舌のうすらに紅(あか)き手ざはりのこの悲しさを知りそめにけり

 

現代語訳
猫の薄赤い舌の手ざわりのこの悲しさを初めて知ったのだよ

出典
「赤光」大正元年 7折々の歌

歌の語句
知りそめにけり 知るのあとに「そむ」漢字は「初む」の複合動詞
「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形
けり・・・詠嘆の助動詞
表現技法
「紅き」は本来猫の舌の色を表すが、その形容詞のあとに「手ざわり」がきて、それを修飾するような語順となっている。

解釈と鑑賞

たいへんに繊細で感覚的な歌。猫の舌によって生じた微細な心の陰りを表現する。
また、その感覚を新しい「悲しみ」と名付けたので、読み手にもそれが伝わる。またこの歌は、淡い悲しみを知る前と後との時間の経過をも暗に含んでいる。「紅き手ざわり」について、作者は

一種の心持を原語で表す場合、特にある事象に触れて一種の心持の揺らいだ場合には、その事象と関連して感覚的に表すことがある 「短歌雑論」斎藤茂吉

 

また、「知りそめにけり」は一つの覚醒を暗示し、「総じて覚醒には歓喜と驚愕と悲嘆とを随伴することが多い」(「作歌四十年」斎藤茂吉)

 

視覚と触覚とを一つの混合した経験として、「うすらに紅き」からすぐ「手ざはりの」とつづけている。そして、この驚くべき新鮮な感覚を通して、うらがなしい情調を表白したのが、若々しくもあり、健康でもある。作者自ら「知りそめにけり」は、春の目ざめなどと同様の一つの覚醒を暗示しているという。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

けふもまた向ひの岡に人あまた群れゐて人を葬りたるかな

 

現代語訳

今日もまた向いの丘に人がたくさん群れていて誰か亡くなった人を葬ったのだなあ


出典
「赤光」大正元年 7折々の歌

歌の語句
群れゐて・・・群れていて
葬りたるかな・・・「葬り」ほうりと読む。たるは足りの連用形
かなは詠嘆の終助詞

表現技法
句切れなし

解釈と鑑賞

青山にあった茂吉の家は谷を隔てて青山墓地に面していた。
作者は「きわめて露骨な現実的なことだが、結句の葬りたるかな」と「かな」などを用いて幾分柔みをつけている」

そのあとは「受け持ち患者」のことを詠んでいるので、職業柄人の死に多く接しながら鋭敏なところもあったのだろう。
北杜夫によると、当時の病院は患者の死が毎日のように起こったそうで、茂吉も管理の問題など現実的な意味で心を痛めていたのであったに違いない。

 

作者の焦点は、下に佐太郎の言う「客観」視にあったようだ。

谷をへだて距離を持って見る「向ひの岡」の「葬り」には、細部が没してただ人の群れと、その象徴的な動きだけが見えている。(中略)死をとむらう生者の行為の寂しさというものが、現実のやや遠い風景として客観されているところに作者の感動がある。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

同じ青山墓地にて詠んだ「夏の夜空」の歌は、木下杢太郎が「今まで人の省みなかった美しさを発見したものだと言ってほめたという。
杢太郎とは交際があり、茂吉の歌もその詩の影響を受けた。

 

一連「夏の夜空」他

墓原に来て夜空見つ目のきはみ澄み透りあるこの夜空かな
なやましき真夏なれども天(あめ)なれば夜空は悲しうつくしく見ゆ

 

いちめんに唐辛子あかき畑みちに立てる童のまなこ小さし

 

現代語訳

一面に唐辛子の赤く実る畑の道に立っている子供の目は小さい

出典
「赤光」大正元年 12 郊外の半日

歌の語句
まなこ・・・目

表現技法
句切れなし

解釈と鑑賞

ことごとく「西洋近代絵画」の手法と評される一首。
原色の畑に立つ童子の細い目に焦点を集約させる。

塚本は「おそらくは栗鼠を思わす黒く探しげな目(中略)日本でもほぼ同時代の、岸田劉生などの作品に、この歌の「まなこ」に通ずる不思議な視線を見たような気がする」とまで言っている。

なお、この「郊外」の場所は、東京中野の新井薬師辺りだとのこと。

 

強烈な原色の風景で、以前の根岸派にはなかった感覚である。そして、そこに立っている子どもの目が小さいというのが、さらに鋭い感覚である。唐辛子が一面に赤くなっている畑に立つ童子像は、「まなこ小さし」という一語によって生きている。
この言葉によって童子は背景と融合し、他をもってかえることのできないものになっている。強烈な原色を背景としたために浮きたって見える羞じらい、やさしさのようなものが「まなこ小さし」によって捉えられている。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

けだものは食(たべ)もの恋ひて啼き居たり何(なに)といふやさしさぞこれは


現代語訳


けものたちは食べ物を欲しいがために鳴いている。なんというやさしさなのだろう、これは


出典
「赤光」大正元年 14 冬来

歌の語句
啼き居たり・・・鳴いていた
ぞ・・・強意を表す終助詞 強く指示して断定する働き

表現技法
3句切れ 結句は倒置

解釈と鑑賞

狂人の自殺という悲しみの後にやってきた動物園で、動物の無心な姿に心を慰めようとした。死に立ち会った後に見るけものの生の新鮮さ、動物の偽りのない姿を「やさしさ」と取る。
作者は食物に執心が深かったとも言われるが、他にも歌の中で自身を動物に置き換えたものも多い。

 

動物園に来ると虎とかライオンとかいう獣類が啼いている。それは「食もの恋ひて」啼いているのだと感じ、空腹になれば本能のままにこのように啼くというのは、何と言う率直な愛らしさであろうというのである。
「やさしさぞこれは」と、主観をそのまま端的に強くいったところに人間的な悲哀も動物に寄せる同情もあるが、そういうものをこめて、さしあたり端的にいったのがこの歌の切実な点である。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

ゆふ日とほく金に光れば群童は眼つむりて斜面をころがりにけり


現代語訳


夕日が遠く金に光ると子供たちは目をつぶって斜面を転がったのだなあ

出典
「赤光」大正2年 8 みなづき嵐

歌の語句
群童 子供の群れの漢語
にけり・・・完了の助動詞「ぬ」+詠嘆の助動詞「けり」

表現技法
初句が字余りなので、助詞を省略して響きが長いのに対して、「眼つむりて斜面を」の9音、「転がりにけり」7音を一気に読み下すリズムが、「転がる」に通じるものがある。

他には、「群童」の漢語が童謡的な甘さをかき消している。
「金きん」の鋭利な響きがアクセントとなりその後の「群ぐん」につながるものとなっている。

解釈と鑑賞

金や赤の色調を主として、そこに近代絵画の影響や北原白秋、交流のあった木下杢太郎らの影響が指摘されている。「金にひかれば」の確定条件句については、「偽二句切れ」(塚本)の通り、「ひかれば」と「ころがる」の間に通常の因果関係はない。

牧歌的な子供の遊びを詠んだものなのだが、緊張度が高くどこか不可思議な感じがある。品田は、確定条件句については、やや皮肉を込めて、「彼らはわざわざ夕刻の到来を待って、一斉にこの行動を開始した」と表た上、「群童の奇怪な儀式」と呼んでもいるが、その原因は「光れば・・・けり」の万葉調と漢語「金」「群童」「斜面」と口語「転がる」の不調和がもたらすと述べている。

なお、「ころがる」の古語は「まろぶ」。

 

雪の中に日の落つる見ゆほのぼのと懺悔(さんげ)の心かなしかれども


現代語訳

雪の中に日が沈んでいくのが見える。懺悔の心のようでほのぼのと悲しい

出典
「赤光」大正2年 1 さんげの心

歌の語句
懺悔・・・仏教でいう罪障懺悔(ざいしょうさんげ)のことで「サンゲ」と読む。
かなしかれども・・・「おも」は確定逆接の逆接助詞

表現技法
2句切れにして、3句目が擬音

解釈と鑑賞

雪曇りの天候で、光が弱くほのぼのとした太陽が雪の中に沈んでいく印象を悲しみとみて、静かに懺悔したいような思いが兆してくる。

結句の「かなしかれども」は、確定逆接だが、意味上は逆接の働きはなく、ある種の曖昧さ、とりとめなさをかもしだしている。

 

あらゆるものが雪に覆われているとき、雪に接して太陽が落ちかかったところを見た歌である。それを「雪の中に」と端的に強くいったのが、いままでにない新しさである。このいたいたしいような厳粛な状景は、誰でもが見慣れていてしかもみなかったものの一つではあるまいか。単純で強い言葉の中に状景の核心がとらえられているので、下句は上句を生かすためにあるのにすぎない。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

 

ひんがしはあけぼのならむほそほそと口笛吹きて行く童子あり


現代語訳

東の方は夜明けなのだろう。細い音で口笛を吹きながら行く子供がいる

出典
「赤光」大正2年 5 口ぶえ

歌の語句
あけぼの・・・夜明け
ならむ・・・なり 断定の助動詞+らむ 推測の助動詞
童子・・・わらべ 子ども

表現技法
2句切れ
2句切れにして、3句に擬音を置くという構成の歌が多い。

解釈と鑑賞

芸妓と遊んで、朝になって帰ったのだが、どこかやりきれないその悲しみを払うようなすがすがしい情景を詠んだ。
牧歌的な寝覚め。作者が「一つの覚醒を暗示している」と言った一連の連続の歌。

 

単に「あけぼの」でいいところを「ひんがしはあけぼのならむ」という、この味わいのあるさわやかな言葉は、この作者の言語感覚の並々でないことを示している。
このように言葉に感情を持たせ得るのは、詩人としての資質によるが、一面は営々とした努力精進の結果でもあった。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

類歌

あかねさす朝明けゆゑにひなげしを積みし車に会ひたるならむ

なげかへばものみな暗しひんがしに出づる星さへあかからなくに


現代語訳


嘆き続けていれば辺りのものは皆暗い。東の空に上る星さえ明るく見えないくらいに

出典
「赤光」大正2年 6 おひろ

歌の語句
なげかふ・・・なげく+反復継続の助動詞》嘆き続ける
ひんがし・・・東
あかからなくに・・・初版では「赤からなくに」
「赤い」と同時に、「明し」明るいの意味
なくに・・・連語 ないことだなあ。
文末に用いて、打消に詠嘆の意を込めて言い切る。

表現技法
2句切れ
…なくには万葉集の常套句を用いたもの

解釈と鑑賞

「赤光」で「死にたまふ母」と並ぶ代表作の連作「おひろ」の一首目。
交際のあった女性「おひろ」との別れを星に即して詠った。

 

「ものみな暗し」といって、さらに「あかからなくに」といったのは、やや即しすぎているようにも感じられるが、どちらも詠嘆の語気であり、この強調があって一首が切実になっている。
二句で切迫したように強く切れ、三句をおおどかに起こして、結句を「あかからなくに」と重く据えた声調に心情さながらのひびきがある。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

一連の歌から

とほくとほく行きたるならむ電燈を消せばぬばたまの夜も更けぬる
ほのぼのと目を細くして抱かれし子は去りしより幾夜か経たる
あさぼらけひとめ見しゆゑしばだたくくろきまつげをあはれみにけり
しんしんと雪ふりし夜にその指のあな冷たよと言ひて寄りしか
この心葬りはてんと秀の光る錐を畳に刺しにけるかも
ひんがしに星いづるとき汝が見なばその目ほのぼのとかなしくあれよ

 

どんよりと空は曇りて居りしとき二たび空を見ざりけるかも


現代語訳

どんよりと空が曇っていたので再び空を見上げなかったのだよ

出典
「赤光」大正2年 8 みなづき嵐

歌の語句
どんよりと・・・現代語ということが意識して使われた
見ざりけるかも・・・ざり 否定の助動詞
けり 過去・回想の助動詞+かも 詠嘆の終助詞

表現技法
句切れなし
「とき」でつなぐ形

参照:ほのかなる茗荷の花を目守る時わが思ふ子ははるかなるかも

解釈と鑑賞

刑務所に精神鑑定に出かけた折の歌らしい。

石川啄木の

どんよりと
くもれる空を見てゐしに
人を殺したくなりにけるかな

の影響が指摘されている。

 

重々しくこめた曇りだけをいって、端的に生活の憂鬱を表現している。「二たび空を見ざりけるかも」といって、作者の意識に印象された圧迫感のようなものがあらわれているだろう。
この歌について、作者が「『どんよりと』という現代語と、『見ざりけるかも』という万葉調とがどうにか調和しているところにこのあたりの歌の特徴があり、感じも近代的で、調べも緊く厚くなっているように思える。仏蘭西近代絵画の影響があった」(「作歌四十年」)といっているのに付け加えることところがない。
ただ、現代語と万葉調との調和は「赤光」全体に渡る特徴で、それが人々に新鮮な感銘を与えた点を特に注意しておきたい。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

ダアリヤは黒し笑ひて去りゆける狂人は終にかへり見ずけり


現代語訳

ダリヤの花は黒い。笑って去って行く狂人はとうとう(私の居る)後ろを振り返ることはなかった

出典
「赤光」大正2年 8 みなづき嵐
歌の語句
かへり見る・・・振り返る 振り返って見る
ダアリヤ・・・花の名は本来は「ダリア」であるが、原語dahliaに近い「ダアリヤ」
表現技法
「黒し」で切れ。2句に句割り。
万葉語と非万葉語とを一首に両方を取り入れることで、万用語を際立たせる作用がある。(同)

解釈と鑑賞

2句目の茂吉の歌には珍しい句割れは「ダアリヤは黒し笑ひて去りゆける」と読み下すとき、<黒い>ことと<笑う>こととが一連の事象であるような印象を受ける。

すなわち「ダリヤが笑っている」という擬人的な効果が生じる。

読み進めると、4句で「笑ひて」は狂人の動作とは把握し直されるものの、今度は、<狂人が笑う>イメージ全体が<ダリヤが黒い>ことと重なってくると品田は言う。

なお「ダアリヤ」と「狂人」は、前者は外来語、後者は漢語として、共に非万葉語であり、一首から浮き出ているということがこの関係の成立を助けている。そして極めつけは、この説明を読むとこれらの効果が「定型の縛りがあってはじめて可能な手法」だということである。

句またがりや句割れといった配分は、57577の方がないところには成り立たない。そして以上の説明で、茂吉が語の種別の選択や音韻だけでなく、語の配置とその効果にも気を配っていたことがわかる。

 

めん鶏ら砂あび居たれひつそりと剃刀研人(かみそりとぎ)は過ぎ行きにけり


現代語訳

めん鶏は砂を浴びていた。その庭をひっそりと剃刀研ぎ師が通り過ぎて行くのだなあ

出典
「赤光」大正2年 10 七月二十三日
歌の語句
居たれ・・・已然形
剃刀研人・・・各家庭を訪ねて刃物を研いでは料金をもらっていく職の人

表現技法
2句切れ 已然形止め
已然形止めは茂吉独特の用法

「めんどり」「ひっそり」「かみそり」「にけり」のラ行の音を含む類似の音型の連続に注意。

3句の「ひつそりと」の促音は一首全体のアクセントをなす。

解釈と鑑賞

真夏の日中に家にいる時の出来事を、沈黙のうちに、その気配だけで詠んだものだということが、自解でわかる。

めん鶏どもが砂を浴びて居る炎天の日中に、剃刀研ぎがながく声をひいて振れて来た。その声に心を留めていると、私のいるところの部屋の前はもう黙って通り過ぎてしまった。それが足駄の音でわかる。炎天の日盛りはそういう沈黙の領するというようなところもあった。(「作歌四十年」斎藤茂吉)

 

砂を浴びる鶏と剃刀研ぎの気配のなかに白昼の領する沈黙の意味を感じ取って、その不気味なような瞬間を永遠のものとしている。深い生の倦怠をのぞき見ているような歌である。
「めん鶏」でも「ひっそりと」でも、かけがえのない一つの感情を託した語であり、「ひっそりと」など今日から見ればやや平俗であるが、平俗なものを苦心して発掘した功績は今日でも光っている。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花赤く散りゐたりけり


現代語訳


戦いは上海に起こっていた。ホウセンカが紅く散っていた



出典
「赤光」大正2年 10 七月二十三日

歌の語句
たたかひ・・・報道された上海の動乱を指す。第二次革命の中国内線

表現技法
3句切れ
「居たりけり」の反復。それぞれを揃えることで、独立した別々の事象が対照されているということが際立つ。

解釈と鑑賞

意味がよくわからないと言われて、そのために評判になった一首。
関連のないものが、終止形で並置されているだけだが、その対照が緊張を醸し出す不思議な歌。
鳳仙花が「赤く散る」ことが、実際には述べられていない戦いのすさまじさを予感させるためだろう。

なお、赤い鳳仙花が散るのではなく、「赤く散る」という語順にも注意を払いたい。

 

作者本人は、

この一首は、上句と下句」が別々なように出来ているために、「分らぬ歌」の標本として後年に至るまで歌壇材料になったものである。しかしこの一首などは、何でもないもので、読者はただこのまま、文字通りに受け入れてくれればそれでよいのであって、別に寓意も何もあったものではないのであるそしてこの一首はこのままである面白みを蔵しているのである。

 

上句と下句と別々のことをいっているが、この独特の形態は、説明を排して状態だけを投げ出すように言って、言葉には説明しがたい感情・空気と言うものを表現しようとしているのである。
夏の日ざかりに紅い鳳仙花の散る情景には、ここにも沈黙と倦怠のこころがあるが、それは「たたかひは上海に起り居たりけり」と言う背景に拠って特殊になっている。一種鬼気せまるような息づまる静かさが感じられる。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

ひた走るわが道暗ししんしんと怺へかねたるわが道くらし

 

現代語訳

一心に走る私の道は暗い。しんしんと堪えかねている私の道は暗い

出典
「赤光」大正2年 12 悲報来歌の語句
ひた走る・・・「ひた」は動詞や動詞の連用形名詞の上に付いて、いちずに、ひたすら、の意を表す。

表現技法
2句切れ
「わが道暗し」の反復
「しんしんと」は虚語

 

解釈と鑑賞

伊藤左千夫逝去の報に長野の島木赤彦を急ぎ訪ねた。

 

7月30日夜、信濃国上諏訪に居りて、伊藤左千夫先生逝去の悲報に接す。すなはち予は高木村なる島木赤彦宅へ走る。時すでに夜半を過ぎたり

の詞書がある。
左千夫と対立していた茂吉は、「赤光」をもって師の批評を受けたいという願いはかなわなかった。

 

いても立ってもいられないような、焦燥の気持ちをあらあらしく強く歌っている。こういうひたむきな強烈さは、やはり「赤光」の佳境の特色のひとつである。「わが道暗し」は作者の行く夜半の道であるが、おのずから人間的な感慨が参加しているだろう。歌は、単にせっぱつまったという気持ち以上の混乱をふくんでいる。
特に「怺へかねたる」から「わが道くらし」と続けた下句は切実でよい。「しんしんと」の用法も微妙で、「死に近き母に添寝の」の歌と同じように、一首に暈のようなものが添っている。(「茂吉秀歌」佐藤佐太郎)

 

-斎藤茂吉, 赤光

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