斎藤茂吉がアララギにおいて短歌の指導を行っていたのが、歌人の佐藤佐太郎です。
佐藤佐太郎の初期に茂吉が助言を行った例が残っており、それが興味深いものでした。ご一緒に見ていきましょう。
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斎藤茂吉と佐藤佐太郎
歌人の佐藤佐太郎はアララギに入会したときには若干17歳、短歌を投稿し、斎藤茂吉が選に当たりました。
当時のアララギの指導は今とは違い、指導関係も大変密なものでした。
佐太郎は茂吉に指導を受け、徐々に自身の作風を完成しましたが、その尊敬は生涯続きました。
斎藤茂吉が初期に佐太郎のどの歌にどのような指導を行ったのか、それは佐太郎の著書内にも記されていますが、今回、佐太郎に指導を受けた秋葉四郎が記した『歌人佐藤佐太郎』のその一部が掲載されていましたのでご紹介します。
斎藤茂吉の佐藤佐太郎の短歌への助言
斎藤茂吉の佐藤佐太郎に助言が行われた作品を順にみて、鑑賞していきます。
1.漢詩のようなと評された「朝のまの」の短歌
佐藤佐太郎の第二歌集『歩道』にある初期作品、
朝のまの土かたき原たもとほり歩みて来れば霜笹にあり
この作品から鑑賞していきましょう。
この歌を斎藤茂吉は直接の指導ではないが、アララギの歌評会で
「『霜笹にあり』は、漢詩のような、特殊な調子ですから、まねをして一般化しないようにしてもらいたい」
と出席者に対して言ったとのことです。
「霜笹にあり」とは、「笹の葉に霜が降りていた」ということを短くいったものです。それを「漢詩のような特殊な調子」と茂吉が表現をしたということです。
なぜ漢詩のようなのかというと、これを雪に変えてみるとわかりやすいかもしれません。たとえば、「雪土にあり」というような言い方は誰もしないのです。それと同じで、佐太郎は「霜笹にあり」といった。
その場合は「雪が土の上に積もっていた」「霜が笹の葉に降りていた」ということです。しかし、余計な語を入れずに言わないで「あり」とする。経緯でなく、そこに存在するということが強く言われます。主格の助詞も省いているところが余計に「漢詩のよう」に感じられるでしょう。
その上の句は「たもとほり」「歩みて来れば」と、動詞と複合動詞で、実質動詞が3つある。ここに3句と4句を丸々使って、長き歩みの果てに、霜の光景に出会ったということなのです。そのような歩の果ての結末ですから、その光景は派手ではないが印象強い、さくらにとっても情緒のある風景であったのです。
しかしそれは「霜」という小さなものですので、大げさにせずに7句に淡々と簡潔にまとめているわけです。
音の点でいうと「しもささにあり」は、サ行の音の重なりにも霜のはかなさがそのまま表れています。このようなものが短歌の調べで会って、「雪土にあり」は構成は同じだが、調べは全く違います。これは「しもささにあり」でないと出ない効果であり、一首の成立もそこにあります。
斎藤茂吉は自身の短歌で「しんしんと」などが一時アララギで流行してしまったことに対して、「しもささにあり」が安易に別な語に変えられてまねされることに懸念を覚えてあらかじめ模倣の制止を行ったのですが、ここに佐太郎の独創性を感じていたのに違いありません。
そして佐太郎にしてみれば、この歌もまた考えを重ねて用いた表現であったでしょう。第二歌集ですから17歳ではなかったはずですが、佐藤佐太郎が「天才」といわれるゆえんがここにあります。
これが私は秋葉四郎氏のこの本の部分でやっとわかりました。
2.「ことさらにして」の句
次の歌は
雪どけのことさらにして騒がしき日向の道をあゆみ居りけり
念のために言うと「あゆみ」はひらがなです。
これについて佐太郎の説明だと、斎藤茂吉は「ことさらにして」は何か別な句にするように提案をした。しかし、翌日電話をかけてきて「やはりもとのままでよい」と助言をしたそうです。
これは投稿時に茂吉が目を通しての助言であったと思われますが、逡巡をしてさらに訂正をするという丁寧な指導であったことがわかります。
要は「ことさらにして」がその通り殊更めくのであって、もっと別な語があればと考えたが、これに代わる語はなかったということなのでしょうが、茂吉が、自作のようにこの句に関して思いめぐらしをしたこともわかります。
3.幸いの歌
もう一首が
をりをりの吾が幸(さいわひ)いよかなしみをともに交(まじ)へて来(きた)りけらずや
この「けらずや」は斎藤茂吉だと、
葬(はふ)り道すかんぼの華(はな)ほほけつつ葬り道べに散りにけらずや
赤彦(あかひこ)と赤彦が妻吾(あ)に寝よと蚤とり粉(こな)を呉れにけらずや
などに見られる用法です。
斎藤茂吉はこの歌を「とりたてて絶賛」(秋葉)したそうですが、「来(きた)りけらずや」の結句に当初は不満を感じたらしく、その他の句を試した末に「結局これでよい」となった。
この場合は、古い言葉なのでよくわからないのですが、「来(きた)りけらずや」の意味は「来たのではないか」という意味で、斎藤茂吉に関する著書を記している品田悦一氏の解説だと「たではないか」と「誰かに念を押す」語法だということです。
ちなみに斎藤茂吉の例だと、品田氏の解説ではいくらか誤報に近いニュアンスも受けますが、茂吉の場合はやはり語感と調べに重きを置いたためでしょう。
佐太郎の歌だと、よろこびと悲しみが近接してまじりあうことは佐太郎の主観ですので、元々主観の提示でよく、他に同意を求めたり念を押すような事柄ではないのですが、それとは別に、この部分については、やはりやや強いという、印象があったのではないかと思います。
斎藤茂吉の指導の内容
いずれにしても、斎藤茂吉の言っているのがここではかなり高度なところであり、歌人自身がめざしてるのがこのような領域であるとすれば、「この句が美しい」といった通りいっぺんの鑑賞ではとても理解が及ばないという点です。
またいうまでもなく、師弟関係とはいえ短歌を初めて数年の初学者への指導といったものをはるかに超える領域です。
これらのエピソードを取り上げた秋葉氏はこれらの歌をいずれも佐藤佐太郎の秀歌としています。
そして、結局は茂吉は指導を行ったとはいえるが、元々の佐太郎の初稿のまま採られたということであるようです。
ちなみに、佐藤佐太郎の学歴は小学校卒です。これは佐太郎を貶めて言うのではなく、本人もひじょうに努力をされたことは違いないが、短歌における天性の才というのがまたどのようなものかも教えてくれるでしょう。

