アララギの歌人たち 古泉千樫

古泉千樫の短歌代表作歌集『屋上の土』相聞歌 道ならぬ恋とアララギ離別の原因原阿佐緒との恋愛

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これまでの記事で、古泉千樫の歌誌アララギ脱退の経緯と、原阿佐緒の不安定なパーソナリティーについて取り上げた。その上であらためて古泉千樫の相聞歌を取り上げてみたい。

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古泉千樫の相聞歌

古泉千樫の相聞歌には、結婚前の妻を詠んだもの、その後、関係のあった原阿佐緒を詠んだと思われるものがあります。

妻きよを詠んだもの

後に千樫の妻となるきよは、千樫より10歳年上で、千樫の郷里に住んでいて、当初は人妻であったらしい。

まだ共に郷里にある時の相聞歌。

『川のほとり』より「行く春」


山火事の火影(ほかげ)おぼろに宵ふけて家居かなしも妹に恋ひつつ

山行くとくぬぎの若葉萩若葉扱きつつもとな人わすらえず

まがなしみ人に戀ひつつこの春も暮れてすべなし村を出でがてに

 

やがて千樫は、おそらく恋愛問題が知られるようになったためもあるだろう、村を出て東京に出る。

 

『屋上の土』より明治41年「郷を出づる歌」

皐月空あかるき國にありかねて吾はも去なめ君のかなしも
背戸の森椎の若葉にあさ日てりひとり悲しも来し方おもへば
椎わか葉にほひ光れりかにかくにわれ故鄕を去るべかりけり
君が目を見まくすべなみ五月野の光のなかに立ちなげくかも
はだしにてひとり歩めりこの國の露けき地をいつかまた踏まむ

 

きよと東京で会った折のもの。

 

『屋上の土』より 明治41年「煙塵」


塵けむるちまたにわれは奔りきぬ君もかなしく出でてきたらむ

古里を君もたしかに出でたりと思へるものをいまだ逢はぬに

相見ねば安からなくに何しつつ君はあるらむいまだ逢はぬに

した心君を待ちつつここにしてとどまる電車八十をかぞへぬ

わが待つやとどまる電車一つごとに人吐きゆけど似る人もなし

思ひかね街の辻に立ちゐるとか行きかく行き立ちにけるかも

行き違ひにもしもや家に君来しと心さやぎていそぎ歸りつ

甕ふかく汲みたる水の垢にごりさびしき恋もわれはするかも

 

駅に行って恋人の来るのを今か今かと待っている様子がうかがえる。

 

『屋上の土』より 明治42年「夕棚雲」

吾からと別れを強(し)ひし心もてなにに寝らえぬ夜半のこほろぎ
ひそひそとなくや蟋蟀(こほろぎ)ひそかにはわが鋭心(とごころ)はにぶりはてしも
さ夜ふかくなくやこほろぎ心ぐし人もひそかにひとり居(を)るらし
玉くしげふたたびあはばをの子わが正名(まさな)はあらじあらずともよし
かぎろひの夕棚雲のこころながくながく待つべみ君のいひしを

 

一人で東京にいるときの憂悶。
「正名(まさな)はあらじあらずともよし」で、相当の覚悟をもって、恋人と添い遂げたいと思ったようだ。
おそらくは相手がはっきりしないので、一度は「別れを強い」たが夜になって鋭い心は落ち着き、相手の言うのを待つ心境になったという一連である。

その前には、「ま昼のあかるき村を帰るにもためらはれぬる胸のさびしみ」「かぎろひの日も暮れたらば町のあたり出でて見まくとひとり思ひつつ」があるので、帰省するときにも、郷里への相当の気兼ねがあったのだろう。

 

『屋上の土』より 明治42年「合歓の花」


川隅の椎の木かげの合歓(ねむ)の花にほひさゆらぐ上げ潮の風に

たもとほる夕川のべの合歓の花その葉は今はねむれるらしも

夕風にねむのきの花さゆれつつ待つ間まがなしこころそぞろに

夕川を上げ潮の香のかなしきに心はもとな君がおそきに

ねむの花匂ふ川びの夕あかり足音(あおと)つつましくあゆみ来らしも

うつぶしに歩み来につつたまゆらに吾(あ)れにむけつるかがやく目見(まみ)を

夕あかり合歓の匂ひのあなにやしわれに立ち添ふ妹がすがたを

かくしつつすべなきものかねむの花のしなひ匂へる手をとりにつつ

 

待ち合わせた恋人に会うまでの、心の揺れを描く美しい一連。
「みよりべに妻と二人し行くみちに心あやしく我家こひしき」「昼の野になくやこほろぎほろほろに父母の手にすがらまくすも」「世に背(そむ)くかなし恋ゆゑこもりのみなげきすぎなむ吾れが一生(ひとよ)は」と、「妻」と初めて詠みながら心細い心境をあらわにする。

離れながらも「皐月靄(さつきもや)かをれる朝の恋ごころおのづから思ふ君があたりを」「軒にさす菖蒲(さうぶ)の葉さき露ひかり朝戸くる君すがたしおもほゆ」と思いな「皐月靄(さつきもや)ながらふ縁(えん)に吾にそひて立ちしおもかげ忘れかねつも」「ともし火のかがよふ夜(よる)のまぼろしに吾(あ)をあざむきてありがてなくに」「明日は明日は別れなむとぞ思ひつつ夜々を疲れてねむり入るかも」とみだれる心を詠う。

そして、とうとう相手が夫と別れたということがわかる。

 

『屋上の土』より 明治45年「春寒」

その夫(つま)をまこと別れたるか彼の森の家に帰りひとりにて居るか
逢ふべくはありもあらずもまがなしき人は独りとなりにけらしもF
まがなしき人のたよりをきけるかもこの夕空の白梅の花

 

そしてこの後、この年明治42年に千樫はきよと結婚する。千樫24歳、きよは34歳であった。

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